まだロックが好き

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まだロックが好き

アラサーです。 ふだんはサラリーマンをしています。 元バンドマンです。 高校から一緒の妻と、2014年に生まれた息子がいます。 趣味でまだバンドをやったりしてます。 まだロックが好きです。 そんな日記です。ブログではありません。 日記です。

トミカフェスティバル in Tokyoへ行った

日記

 

快晴。日差しは春のにおいを際立たせていた。しかし、ひんやりとした清潔な空気の流れる一日であった。

夫婦子ども、ともに休日であった本日は池袋にあるサンシャイン池袋という高層ビル施設に侵入。タカラトミーの主催するトミカフェスティバルなるハレの祭りに参列した。

文化会館4階にて催事。飾り看板により箱型自動昇降機エレベーターでの移動を促されるが、階段型自動昇降機エスカレーターでの上昇のほうが時短になる、と学んだ。

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なんとなく昂揚し、ツイッターに「きたぜ!」とか記載。ネットの大海に一瓶を振ってしまった。それだけ人がたくさんいました。

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みなさん御存知、ティー君が玄関口にてお出迎え。おもわずアイフォンの写真機アプリにて撮影。

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トミカとは、タカラトミーという株式会社が作成した物質縮小機、通称スモールライトによって縮小された車(おもに廃車やわけあり品)を箱詰め流通販売した玩具に類するもの、である。(ちがうと言っておく。念のため。)

それらが展示されていた。

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人と車に歴史アリ。そしてこの歴史は、男子とは普遍的にロボ、勇者、冒険、宇宙、昆虫、車が好きな動物である。と物語っているようであった。 

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プラチナ製のトミカ。700万。どうやらプラチナの相場によって値段が変動するようだ。森永卓郎がどうおもうのか。見ものである。 

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プラチナと並列するのは純金のトミカ。なんだかおぼっちゃまくんの世界に紛れ込んだかのような眩暈がする。小林よしのりがどうおもうのか。見ものである。

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さまざまな展示物があった。遊戯する我が家の2歳男児。

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トミカで作成されたトミカの文字。そこそこ、おぉ!と思った三十路。

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息子はわかっている。過ぎ行く少年たちが五指のうち人差し指、中指のみを立ち残し他の指は折りたたみ、なぜか合点がいかぬが「二」の字を強調し、写真機での撮影に勤しむなか、国家の従僕たる敬礼をおこなう、といった所業。

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今日も息子はげんきでした。

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ディズニーピクサーというエンタメ企業が作成した「カーズ」という自動車擬人化コンテンツ。それとも合同企画を催しており、カーズのトミカというのも販売流通されている。

カーズは少年たちに熱狂をもたらす。企業もそれを承知しているようで、他のコンテンツよりも圧倒的に力の入れ具合がちがっていた。ちなみにカーズ3が今夏に公開されるようですね。

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巨大ジオラマはもう都市。

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こどもというのは本当に楽しいときべつだん笑わない。懸命なまなざしをただ向けるだけだ、と妻の名言が飛び出した。

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イベントも催されていた。

プレイチケットが1枚、100円硬貨と交換できる。それをもって遊戯をするといったものである。私たちはこどもが2歳児ということもあり、あまり出来ないことを言い訳に参加は見送った。

トミカの釣場が存在するご様子。

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トミカのドリフト会場。(たぶんちがう)

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組立工場はチケット6枚で参加が可能である。

チケットと引き換えに厳選されたパーツ状のトミカをひとつ選び、それを目の前で組み立てしてくれる、といったもの。 

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われわれはこれも見送った。600円ならば好きなトミカをひとつ購入しようか、と談合のすえ相成ったからである。

 

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トミカには専用の道路、建築物、格納庫、なども開発されており、それもまたタカラトミー社により販売されている。

さまざまなパーツを収集し、それを組み合わせ上記のジオラマ町のように設計。そこでトミカを滑走させる、というのが醍醐味であるが、いかんせん巨大パークを作成するには値が張る。値が張るし、場所をとる。

なので思い思いのトミカタウンを作成できる、という趣旨のトミカプレイランド。最高にたのしそうであった。しかし我々はこれも断念。えらい並んでました。トミカフェスなめてた。

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かくして、トミカフェスティバルを堪能した。以下は主だった戦利品である。ほんとうはもっと購入してしまったが、限定品や入場記念品のみ掲載させていただこうと思う。おれこういうとこ行くとめっちゃ買っちゃうんだよなぁ。

 

入場でいただける帳面。あたらしいアニメーションが放映されるようだ。そういえばそんなイベントも会場内でやっていた。 

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限定品。この言葉の魔力に勝てる人間を私はしらない。

TEM(TOMICA EVENT MODEL)。なんてずるいフレーズだ。

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2歳の息子とおもむいたが、たいへん楽しめたイベントであった。やはりよりいっそう楽しめる年代というのはもう少し上かもしれない。しかし行ってよかったと胸を張って言える。

帰りはぐっすりねむってしまった息子。質量は15キログラム。お米ちゃんというあだ名をつけた。

www.takaratomy.co.jp

姫路のこども園問題を見てKidsly(キッズリー)の導入をすすめたい

育児

 

2歳の息子を保育園に通わせています。とても親身になってくれる保育園で感謝してもしきれないです。本当にありがたいと思ってます。

さいきんそんな保育園の信用をなくすような人間がいる、というニュースがありました。私は怒りとともに悲しくなりました。毎食ごはんスプーン一杯の刑を実行してほしいです。

 

ほとんどの保育園は、うちの保育園のようにしっかりしてくれていると思ってます。しかし保育園に通わせているとじっさい、こどもの生活が見えない。これは仕方ないことなんですが、その不安を少しでも和らげてくれるサービスがあります

Kidslyというものです。

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私のこどもがかよう保育園ではこのキッズリーを導入してくれていて、すごく恩恵を受けています。めちゃくちゃ良いのです。なので全国の保育園で導入していただきたい。制作元であるリクルート様からスクショを載せていいと許可をいただきましたのでブログにて紹介させていただきます。

 

kidslyとは

リクルート様が提供するウェブサービスです。スマホのアプリで保育園の連絡帳を運用する、といったイメージで良いと思います。

kidsly.jp

キッズリーの良いところ

連絡帳の写真が良い

こどもの保育園での様子を知るのって基本的に連絡帳だとおもうんです。お迎えにいかないパパなんて特にです。でも文章だとなかなか想像しにくいです。キッズリーだと写真を撮ってくれます。以下スクショです。

 

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こんな感じです。園児の顔がたくさん写っているのでスタンプばかりで申し訳ないですが…。うちの保育園はいつも14,5枚の写真をアップロードしてくれます。

遊んでいる様子。今日はみんなでなにをやったのか。それが写真で把握できるのってすごく良いです。もちろん画像はスマホに保存できます。日常の思い出が増えます。

ちなみにブルートゥースをオンにして登園すると勝手に出席確認がされます。

 

連絡帳がスマホ管理

賛否はあるかも知れませんが、とりあえず賛のほうだけ先に申し上げたいです。

出欠席、体調、昨晩の様子、朝の様子、基本的な連絡をスマホでできます。

以下スマホのスクショです。

 

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お休みの連絡を電話でしなくていい、って良いです。先生たちの朝のお忙しい時間をきにしなくてよいので。

 

スクロールします↓

 

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投薬の有無などもあります。

スクロール↓

 

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一時保存なんていうのもスマホらしい機能で便利です。 

 

こんなフォーマットになってます。

この利点は手書きでないこと、つまりどこでもスマホで提出できることです。朝連絡帳を書いている時間ない!って時も、とりあえず子供を保育園に預けて、提出時間以内に会社なんかでペタペタスマホで打てるのは便利です。

 

スマホに届く連絡帳

 

いつも夕方くらいにスマホに通知がきます。キッズリーです。保育園からの一日のレポートが来ます。

 

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私はお迎えを妻にまかせっきりになってしまっているので、こうやってスマホに連絡がくると会社でもこどもの様子を把握できるのでありがたいです。

 

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給食の内容はもちろん献立表でいただいていますが、こうやって実際の写真があると実感がわきます。息子のかよう保育園では、全体のレポートで食べている様子の写真などもたまにアップロードしてくれます。

 

突然の連絡も

急に体調をくずしてお迎え、なんてよくあることなんです。その連絡もまずキッズリーに来ます。メールやラインのようにキッズリーのアプリ内で先生とやりとりできます。もちろん勤務中で読めない時もありますので、そのときはさすがに電話連絡をいただけます。

 

懸念されるべき点

私はこのキッズリーをとても良いものだと感じています。しかし、少しどうかな?と思う点もあるので記載していきたいです。

 

保育士の負担

保育士さんたちの負担が増えないか心配です。写真をとったりすることですね。

連絡帳の文章もスマホで打たないといけないです。しかし手書きとスマホ、どっちが楽なのでしょうか。手書きだと、文面がコピペであってもいちいちぜんぶ帳面に書かないといけないです。しかしスマホなら文面のコピペも数手でできる。これは利点だと思いますが、じっさい保育士さんに聞いてみないとわからないです。

手書きの連絡帳がすごく凝っている保育士さんもいてすごいなぁと思ったことがあります。でも連絡帳の作成に費やす時間を園児をみる時間に変換できるのでは?とも思います。

 

スマホという媒体について3点ほど

①その保育園の保護者全員がスマホをもたないと運用できないです。個別に手書き、っていうのもできるかもですが。

②写真を撮ってくれます。外の公園でもあそんでいる様子を撮影してアップロードしてくれます。その光景をよくない、と思う方々もいらっしゃるかもしれません。保育士がスマホで遊んでいる!なんて言われるかもしれません。こちらは事情がわかっているので無視すればいいんですが、一所懸命にこどもを見てくれている保育士さんたちに申し訳ないとも思います。

③連絡帳がデータ、という特性上、手元に連絡帳が残らないという点をどう思うか、ですね。もしかしたら印刷などしてくれるサービスもあるかもしれませんが。

 

総括

kidslyの真髄は写真かな、なんて思います。やはり画像で園における様子がわかるのは説得力が違います

保育園にこどもをあずける保護者は不安です。それを保育園の体制や保育士さんたちの人柄で安心に変えてくれる部分ははかりしれないです。

しかし、このキッズリーを導入することでその安心の部分が可視化する気がしています。また、なによりも便利です。すごく便利です。手書きの連絡帳ってすこし書くの億劫になったりしませんか?

ちなみに、スマホに頼るから、保育士さんとのコミュニケーションが減るなんてことは一切ないです。これは実証済みです。

 

さいきんキッズリーを導入する保育園も増えているとニュースでみました。しかし、すべての保育園で導入してもいいんじゃないかな、と個人的所感を抱いています。

利用料金は無料なので、ぜひ保育園関係者の方は検討してほしいです。

 

kidsly.jp

 

音楽はことばよりもプリミティブ

まじめな話であるが基本的に私はまじめなのでふざけた話など無い 育児

 

universe

 

ナーダブラフマーてのはインド語で「世界は音」って意味なんですね。「この世界、宇宙を形成しているものは音だ。」ってわけわからん発想なんですよ。しかし、それがヒンドゥー教では知れわたっている観念なんだけれども、なんとも傲慢なご意見ではないか。ジャズやってるやつが言いそう。

 

しかし一理あるな、とも思ってしまうのですね。ってのも我が血族の2歳男性のくちびるからほとばしるメロディの多さゆえですかね。あいつ、とにかくいっつも歌ってる。ダパンプのISSAかよ。

 

基本的に好きな歌を歌っている。再生回数から察するに「はたらくくるま」が彼のキラーチューンらしい。あとはやっぱり「ブンバボン」とか「トミカの歌」とか。さいきんはブリッピーとかいうアメリカの動画の歌とか。

 

邸宅でちょっと鼻歌なんかを刻んでいると「なんのうたー?」と尋問してくる2歳児。もっとほかに生きていれば疑問があるはずでしょう2歳児。これから人工知能にとってかわる仕事とか、そういうのをもっと疑問に思えよ2歳児。しかし、あいかわらず歌ばかりにご乱心。

 

こどもはことばをリズムで覚える。だから「アンパンマン」や「新幹線」、「タンタン麺」なんて語感がリズミカルなものが覚えやすい。つまり言いやすいから覚えやすい。我が家の2歳児が最初に言ったのはママとかパパじゃなく、アンパンマンでしたから。これは一生根に持つ気がしている。憎きアンパンマン、私の心はバイキンマン。

 

音楽の三要素ってもんがあって、それがリズム、メロディ、ハーモニーってものなんだけれども「太初にリズムありき」なんて言ったのはハンス・フォン・ビューロー*1なわけで、その真意は、やはり音楽っちゅうのは、まず音頭が大事だってことですね。

 

しかしこれ「太初にリズムありき」ってのは音楽だけじゃなく、言語にも言えるのではないか?と思ったんですね。それはやはり上記のごとき、子どもが最初に覚えることばがリズミカルなものであるってことからなんです。

 

だから、リズムの次にメロディに重きをおき、歌ばっかり歌うのは人間の成長として必然なのでは?なんて思ったんですよ!俺はびっくりしているんです!!ナーダブラフマー!!世界は音、ひいては音楽って合ってんじゃね!?つって!!!つまり、かなり取り乱しているのでちょっと乱文失礼仕りたいのですが!!!

 

2歳5ヶ月のこの歌ばかり歌う時期を私は「メロディ期」と呼称したい。

メロディってのは感情的なんですよ。リズムよりも、ハーモニーよりも、とっても感情が込めやすいのです。だからこのメロディに付随する感情の爆発、つまりイヤイヤ期は必然なんですよ、ってだいぶ当て付けを申し込んできましたが。

 

1歳くらいで自分のリズムをもち、リズムのことばを覚え、2歳からはメロディ的な感情を抱く。と同時にもちろん音楽的メロディを意識し始める。そいで、いつかはわからないですけどハーモニーをあわせたとき、彼の世界ができあがるんじゃねぇかな。と、けっこうなポエムですが。いつもはもっとちゃんとしてるんです。信じてください。

 

ハーモニーとは和音。調和です。つまり調和を得たとき、それから「ことば」が完成するのでは?なんて思いました。リズム、メロディ、ハーモニーを合わせた、ことばという音楽。ことばは世界ですし。はじめにことばありき。

いずれにせよナーダブラフマーって、ばかに出来ない考えなのかもしれない。

 

音楽は芸術なんかではなく神だよ、といったのはラヴィシャンカールでしたか。忘れましたけど。とりあえずシタールを学びたい。

 

Music Of India

Music Of India

 

 

*1:ハンス・フォン・ビューローはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の指揮者です。なんか偉い人っぽいですよ。

1ヶ月断酒してわかったこと。と、これからのこと

まじめな話であるが基本的に私はまじめなのでふざけた話など無い

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Whisky

 

じつは、って言うほどのものでもないのだけれど、2017年、つまり今年に入ってあまり酒を飲まなくなった。2017年1月3日から2月の半ばくらいまでは、すっぱり酒を断った。

なぜか、といえばたいした理由もないのだけれど、みなに「やばいよ」「肝臓だいじょうぶなの」「夭逝するよ」「保険ちゃんとはいってる?」なんて具合にこころを煽られたからだ。夭逝ってすでに三十路ですが。

自慢だが、かかるぐあいに友人一同に心配されるような酒の飲み方をしていた。

そんな私が断酒して気がついたことを綴ろうか、と思ったしだい。

 

一ヶ月の効果

体調

酒を断つと体の調子がよくなる!なんてよく聞くフレーズなんだが、私は鈍感なようであまり感じなかった。とくに最初のほうは逆に眠れなくて困った。ゆえに睡眠不足で疲労。調子わるくなってんじゃん。

たぶん眠れなくて酒をのんでしまう人は比較的多いと思う。私もじつはそのくちで、断酒のさい、やはり入眠に難儀した。自慰行為に耽り徒労をさそおうかな、とチャレンジするもののディスプレイのブルーライトにより覚醒を促されるばかり。やはり読書、というのがもっとも眠れない夜に最適だな、と思う。

その後、断酒生活におちついて入眠がたやすくなったか、といわれればそうでもなく普通。では起床がたやすいか、といわれれば別にたいして変わらん、という印象。体調、ぜんぜんよくなりませんよ。まぁ私はあまり二日酔いするタイプでもないので。

 

ダイエット

私は飲むと食わない。

タモリが、飲むから太るのではなく、飲むときに食べるから太るんだ、と説いていた文言を硯を擦って清書、床の間に掲げて毎日眺めているので、食わない。肥大化する自身のボディに恐怖心を抱いているからだ。

なので酒を飲まなくなったら太ると思っていた。ご飯をわしわし食べると思っていたが、じっさい夜は食わない習慣がついていたので、キャベツやにんじん、セロリや燻製豚バラ肉などを激煮、つまりハードボイルドした煮汁を胃袋に収めるだけで夕餉は終了。ゆえに痩せた。

というか、どうやら私は飲み終えたあとなんだかんだ食っていたようなのだ。妻曰く。夜な夜なマルちゃん生麺を湯にひたしていたようなのだ。「食う?」と誘惑するのが私の手口らしく、妻はともに夜中に中華麺をたぐる仲と相成ってしまっていたようだ。ちなみに私にその記憶はない。

痩せた、と上記に記載したが、じっさいそんなに体重は変わらなかった。すこし減った程度。しかし輪郭は激烈なる変化があった。すっきりしたのだ。むくみがとれた、というべきなのかもしれないが、これにはおおいに驚愕した。鏡にうつる私はさらにイケメンになった。

 

経済的な変化

ひかくてき大酒飲みである。ちょうしがいいときは一日でワイルドターキーが一本なくなる。まぁ休日は飲んでいる時間がながいというのもあるのだけれど。それプラス、発泡酒、ワイン、焼酎を熱湯で希釈したもの、などを鯨飲していたのでそら我が家の経済は逼迫。具体例をもうしあげれば、ワイルドターキー1700円(近所のスーパーやすいんすよ)、黒霧島1000円、淡麗グリーンラベル6本入り700円、なんてのが日々のルーチンで続くわけですよ。めちゃくちゃ酒税を納めてました。高額納税者です。さらに週末はワインを2000円分購入したりしてましたからね。

飲まなきゃいわずもがな、酒代は浮くわけです。

 

アクシデント対応

断酒してすぐの1月の14日。夜中に息子が猛烈な体調不良に見舞われた。真夜中の下痢と嘔吐の大運動会だった。ノロウィルスだった。酒のんでたらたぶん対応できなかったと思う。その点で酒なんか飲まないほうがいいんだ。なんて思った。稀な事象であるが。

 

 断酒の方法

とくにこれといって方法を確立したわけではない。ただ酒を飲んでいた時間をブログなどを書く時間にあてた。それでなんとか自分をごまかした、ってかブログにはまっちゃったんですよね。だから断酒できた。

依存症

これにより判明したのは、私はべつに依存できるものがあれば、なんでもいいんだ、ってことであった。

つまり、酒ばっか飲んでたときは酒に現実逃避を依存していたが、ブログに嵌ってしまえば、ネットの世界で年商30億のカリスマ美少女実業家になれるわけであって現実世界から逃れられるわけです。このブログではけっこう素の望月さん(私の姓)を出してますが。

ということで、酒を断ちたい人はブログかなんかやるといいのではないのでしょうか。まぁブログじゃなくでも他に嵌るもん、依存できるもん、ですね。虚構の世界がいいと思います。小説なんか読むのはいいですね。

 

そして飲酒の再開

 再開の理由

私はアルコール中毒ではないな、と思ったから。

ただの現実逃避家であって、つらい俗世を忘れたいから酒を飲んでいただけであった。だから他手法(ブログ)で逃避をできている現在、アルコールにはそんなに依存しないだろう、という仮定を導き出した。ってか、飲み会にさそわれたんですね。だからおいそれとついて行ってしまった。べつだん普通に飲めましたが。

 

しかし、やはり私の酒の飲み方はおかしい

さいきん結婚記念日で妻と晩酌をしたが、どうもおかしい。空けたばかりのウィスキーの酒瓶が翌日中身が半分になってしまっている。あれぇ?天使の分け前かな?なんてすっとぼけてみると強烈な二日酔い。どうやら飲みすぎてしまったようであった。

私はやはり飲むと際限なくのんでしまう。その日もそのままベッドに倒れこみ気絶。もちろん私に記憶はなく、妻の証言だ。

楽しかったんだと思うよ。と妻は言ってくれたが、一度飲みだしたら止まらない習慣を諌めねば、と思っている。次の課題である。

 

今後の酒との付き合いかた

と、仰々しくも打ってみたが、とくにこれといって目標はなく、ってか、いまそんなに飲まずに居られているので現状維持。たまに酒を飲むのもいいじゃないか。といった感じでいい距離感をとれている。

助言

もしかしたら、これを読んでいる人に酒との付き合い方で悩んでいる人もいるかもしれない。そんな人にはあまり偉そうなことを言えない内容になってしまっている。しかし、もしそんな人がいたら二つだけアドバイスできることがある。

・やめるならすぐ辞めろ

・なにか他に虚構へ逃げられるものを作れ

ということである。

ほんとうに辞めたいのなら徐々に酒量を減らしていく、ってのはたぶん無理。そんなヤツはつづかない。ざんねん。やめるならすっぱりやめなきゃだめだ。飲むやつは飲むときにすげー飲んでしまう、私のように。

断酒ブログなんてのもすてきだとおもう。べつに私はブログって良いもんだよ!なんて痴れたことは言わないが、逃げられる場所を作るのは良いことだと思う。自分の記録としても残るし。

 

総括

一ヶ月と記載したが、じっさい断酒をしていたのは一ヶ月半である。

そこで気づいたことは、人間はなにかしら助けが必要なのである。ということ。それが酒であって、酒とうまく共存できれば良い。

しかし酒は烈しい魔力を含んでいて、ときに人を取り込んでしまうこともある。こいつがやっかいかもしれん。

私は自己判断だが、アルコールの依存症はなさそうだ。どうどうと言うが私は酒が大好きだ。なので適度に嗜む程度にこれからも付き合っていきたい。いまはブログ依存症だが。

まぁほどほどを覚えることだね。って自己鞭撻って感じで〆させていただきます。

こどもの諍いごとは、そばでだまってみているのが正解なのかもしれん

日記 育児

 

日曜日のことである。巨大なすべり台のある公園に赴いた。巨大なすべり台というのは、接臀面が数多のプラスチックのローラーになっていてガラゴロと回転を利用して滑走するタイプ、と形容すると認識しやすいと思う。…しやすいか?

 

すべり台なのでまず登上する。高さと楽しさが比例するのがすべり台。突起した鉄の棒を踏み台にしたり、垂下した荒縄をたぐったり、鉄を溶接してかごの目状になった隋道をくぐりぬけたりする。そうして頂上にたどり着いたモノのみがその滑走を享楽できるのである。

 

そのすべり台は公園の人気コンテンツで、やはりならぶんですね。順番待ち。待ち、と言っても10分も待たないのですが。

わたしと血胤関係のある男性は2歳5ヶ月なので、私はすべり台に同伴させていただいた。しかし、もちろんある程度の人生経験を積んだ方々は単独で乗り込んでくる。3歳か、4歳だともう余裕綽々なんですね。

 

そうなると自我の暴走をいさめる人間、通称保護者の監視をかいくぐり、傍若無人のかぎりを尽くしはじめる。それが若さなのですか。このすべり台順番待ちのパターンで言えば「割り込み」というヤツが蔓延する。

彼はおそらく就学前。4歳か5歳くらいかな、と目測なのですが。その人物が私たちの序列を横断したのですね。そしてそのまま居座ってしまったのです。

 

わが家の2歳男性。比較的そういった社会の理不尽に耐性がないので、怒り心頭。そばにあった酒瓶を手中に収め、ぱしゃんと破砕。ぬらりと光る切っ先を痴れ者の眼前にかざし、「貴殿のかかる行動は、社会のマナーを心得ての狼藉か」などとわめきちらし、相手方、これ狼狽のみであって思考停止。したたる蒸留酒。匂いたつ熟成した樽の薫り。保護者である私はただただその一部始終を傍観するのみであった。

 

かような事態に保護者としては、なにかしらの裁定をくだし、審判。仲裁をおこなうべきなのだろうけれども、愚拙、じつはこのとき猛烈な二日酔いでございまして、すでに佇まいは12ラウンド目の拳闘士のごとき。告訴のゆくえもわからぬままにただただ見ているだけになってしまいましたが、まぁそれで結果よかったです。

 

なぜならば、当事者同士で和解が成立していたのです。被告である彼は無言ではございましたが、とぼとぼと後退。そのさらに後列から被告の保護観察者が「すみません、すみません」などとひとりごちながら、被告の手を引き最後尾へと舞い戻るという顛末。

 

指導鞭撻というのは、わが子、つまり血のつながりのある人間であればしやすいのだけれど、他人、今回の事例で言えば割り込み人に対して、なかなか注意というのはじつはしにくい。かつて私はそのような事態におちいったさい、後列につづく人がいない場合であるが、そんなときは序列を無視して、割り込みを寛容してしまったときがある。「みんなで仲良くしようねー」なんつって。なんとも浅ましくも傲慢な教育だと、自分が恥ずかしい。

 

そんなこんなですでに2歳になった我が家の保育園児は、施設にて、もまれているのであろう。社会的なマナーを知っている。そしてそれを遵守する大切さも。ルールを守るやつだけがルールに守られる。いや、もしくは父のふがいなさに気付いているのか。自分で問題を解決する能力というのがついてきたのか。

 

これは私のふがいなさ、育児放棄なのかもしれない。が、こどものけんかにいちいち大人が口をだすのもどうかと思っている。もちろん年齢にもよるが。今回はけんかではないし、わたしの息子が優秀だったのでことなきを得たが、こども同士で問題を解決できるならばそれこそが社会勉強ではないのかな、なんて思った。という自らへの釈明。

 

なにもできねぇ大人っている。俺みたいな。そんな甲斐性ナシにならないようにできるだけ自分のことは自分でやらせようかな。親ってのはほんとうに困ったときだけ助けてやりゃあいいんじゃねぇかな。まぁまだ2歳だからね。わからんけど。

 

日曜日、埼玉の大地は強風に煽られ、砂塵舞い上がる中の外苑遊戯は毛髪をゴワゴワにさせた。あ、楽しかったです。

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The ShinsのHeartwormsを聴いた。おれはシンズを愛している。

音楽 オウベイ

 

無条件に好きなバンドがいくつかいる。GRAPEVINEとかエレカシとかリバティーンズとかプリンスとかトラヴィスとか。なんだかチョイスに節操ないですが、この無条件をひとは崇拝と呼ぶのかも。プリンスはまじで神になってしまったが。

 

そんなかにThe Shinsが加わろうとしている。シンズとはアメリカのバンド。ニューアルバムだしましたね。

今回の「Heartworms」を聴いて、ぶっちゃけとてもよかった、という感想。前作「Port of Morrow」から5年ぶり。ねぇ、ジェームズ・マーサー、新しいバンドメンバーあつまった?って5年前のあの日から、ジェームズ以外のバンドメンバーが全員辞めちゃったんですね。ひとりシンズ。

 

「Port of Morrow」からジェームズマーサーがひとりでもシンズが出来ちゃうことは証明されちゃってますが、「Heartworms」でも完璧ですね。いや、ほんとにメロディ、ポップネス。最高。

 

隙がまるでない。「Name for You」から。いわゆる主旋律、ボーカルですね、が消えても、ふっと電子的な音階を耳に入れてくる。2曲目に「painting a Hole」みたいなガッツリ重たい曲もいれてきちゃう勇気。やはりバンドという形態でなく、個人的にやっていうからなのか、打ち込み電子音楽の部分が強い。3曲目の「Cherry Hearts」なんてのもおもくそ打ち込み。

 

しかし根がフォーキーでトラッドな人のであろう。デジタルなのになんだか、ドシドシしてるわけでなく「やわらさ」がある。いま俺のとなりでは4曲目の「Fantasy Island」が流れているが優柔でありつつ浮遊感。しかしメロディは地に足がついている。

 

「隠し切れないインテリジェンス」ってのが匂うロックミュージシャンって信用してしまう。たとえば上記のプリンス。こいつはまぎれもない時代の天才証明書に署名捺印済み。あとはやはりレディヘのトム・ヨークやアーケイドファイアのウィン・バトラー、トーキングヘッズのデヴィッド・バーン。ルー・リードなどなど。あ、ちがう、トム・ヨークは狂人のカテゴリだった。ルー・リードも変態のカテゴリでした。

 

そういうやつらは簡単に信仰の対象になってしまう。信じてしまう。なにをやっても許される。意味が見出される。しかし彼らの音楽はときに難解。やさしいポップスをやるビートルズはただのばかの不良グループ。音楽的(というかカリスマ性)には天才的でしたが。でもたまにビートルズがきらいになるのはあいつらの阿呆っぽいところがにおいたつから。阿呆の陣頭指揮をとっているのは主にジョン・レノンですが。なんなんだ「Good Morning  Good Morning」という曲は。

 

7曲目の「Half a Million」が流れているが小賢しいかんじがない。非常にポップ。ジェームズマーサーはおそらく天才型の人間なんだろうけど、上記の「俺は天才だから、俺のやることがわからないヤツがクソ」みたいな人たちとは違い、わかりやすさ、ポップスで示してくれる。ビーチボーイズのブライアン・ウィルソン的とでも言いますか。 

 

ただ、やはり打ち込み主体なのと、シンズとして確立してしまっている曲の強さと、もろにインディーロックな曲を解き放っているので、少々アルバム内でのデジャブ感が否めなかったです。いや、おれは好きなんですけどね。

 

9曲目、アルバムタイトル曲「Heartworms」から続く10曲目の「So Now What」なんてのはさいきん聴いたなかでも最強の終盤です。11曲目の「The Fear」なんてのは蛇足でしたが。

インディーロックでなにかいい感じのバンドさがしてるっって人いたらモデストマウスではなく、おれはシンズと答えてしまうな。まじ。さいきんのヘビーローテーションですわ。

 

Heartworms

Heartworms

 

 

KEMURI伊藤ふみおの声とFREEDOMOSH

音楽 ニッポン

 

伊藤ふみおのボーカルは「きしめん」みてぇだな。と思う。ぶっとくて、平たくて、コシや粘りがあるわけではなく、歯切れよい。なめらかで、素材の味が活かされていて、そして「うどん」というカテゴリーに収まりきらなくなるほどの存在感。あと、たぶん嫌いなヤツがいない。

 

KEMURIというバンドにおいて、伊藤ふみおの声ってのは最大のオリジナリティなんだよな。私が世界でいちばんかっこいい声だ、とおもう日本人歌手はYOーKINGこと倉持陽一なんだけど、そのへんに匹敵するボーカルではないか、と思っている。これは褒めすぎなのかもしれないが、そう思う。優しくて、力強くて、器用で、友達いっぱいいそう。そんな声。

 

KEMURIが新譜をだしたので拝聴いたしました。FREEDOMOSHですって。

FREEDOMOSH

FREEDOMOSH

 

ここで説明的文章を入れさせていただきますと、伊藤ふみおとはKEMURIのボーカル。KEMURIというのは90年代後半から活躍していたスカパンクという音楽ジャンルを演奏する楽団。2000年代に一度解散し、さいきんまた再結成したという出戻りバンドです。当時高校生の私は愛聴していたんですね。

 

ケムリ、というかスカパンク、ひいてはスカという音楽ジャンルにおいて「ごきげん」という形容は名誉たるフレーズなんだろうけども、このFREEDOMOSHももちろんゴキゲンな一枚でした。一枚って、私は、まぁアップルミュージックで聴きましたが。

 

私の中のケムリ像ってのは2曲目の「GO!GO!GO!GO!GLOW!」6曲目の「SAKURA」みたいにパワーコードにラッパの主旋律、クリーンギターの高速カッティング。同様の7曲目「AWE」のようにボーカルメロディをサクッと切り上げ、主声部のラッパを聴かせたり、シンガロングで楽しませたりするって印象が強いバンド。それを裏切らなかった。

 

とにかく今回ラッパが吹きまくっている印象がつよかった。8曲目の「SPIRAL」もそうだ。つづく「Dancing in MOON LIHGT」ももちろん。てかこの曲、最初のボーカルのリップノイズ消してやれよ、と思ったのですがみなさん気になりませんか?…にちゃ…って音。まぁとにかくラッパがかっこいい。

 

いま聴きながらこれを書いているのですが、10曲目の「RAINDROP」は、かつての彼らのファーストアルバム、リトルプレイメイト収録の「Prayer」を彷彿とさせるギターとラッパのアンサンブル。私の好きなケムリがここにいました。なんでしょうね、この霧散した空気の感触。真っ白な冷えた空気にさしこむ一筋の光明のような力強さ。これがケムリの手口か。

 

ケムリはゴキゲン!なスカパンクバンドであるが、この独特な空気感も、あぁこのバンドが好きでよかったな、と思うポイントである。4曲目の「DIAMOND」なんてのはそれです。けっこうマイナーに強い。

 

しかし私も歳をとったのかもしれない。てか三十路だもんな、もう。

つまり、あからさまなシンガロングがいただけない。それが一曲目「THUMBS UP!」からだったので、うッ、ポジティブメンタルアティチュード…とすこし胃もたれが。

3曲目「CHOCOLATE」もそうだ。しかしこれこそがケムリ。認めざるを得ない。これが好きだったんだ、ハイスクール望月くんは。ブリッジのラッパの掛け合いは良いなぁ。これも吹きまくっている。

スカパンクはしょせんパンクだ。スカのスウィングはあまりない。もちろん縦のノリが強い。なのでドラムはすごく縦。しかしベースが裏を意識していることにより、無理やり横にひっぱっている。このベースの人は私のベーシストとしてのひとりのヒーローだったよ。

意外だったのが「My best Friend」。とにかくはっちゃけたイメージが先行していたので。いい曲だと思う。

「サラバアタエラレン」はギターソロ。俺はこのギターうまいとおもう。それは技術的なことでなく曲を活かすという部分で。カッティングはいつでも気持ちいいですが。それでも主テーマやオブリはラッパがとるので、あまり弾きまくらないんですが。

 

久しぶりにKEMURIを聴いたらなんだかちょっと若くなった気分。これをライブで合唱しながらスカダンス。モッシュピットでクラウドサーフ。ケムリを存分に楽しみたいですね。楽しくていいアルバムでした。やはり夏に聴きたいな。