まだロックが好き

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まだロックが好き

アラサーです。 ふだんはサラリーマンをしています。 元バンドマンです。 高校から一緒の妻と、2014年に生まれた息子がいます。 趣味でまだバンドをやったりしてます。 まだロックが好きです。 そんな日記です。ブログではありません。 日記です。

エレカシのRAINBOWって曲が思い出させてくれた衝動

日記 音楽 ニッポン

 

ついカッとなって。という文言にひどく共感を覚える。ちょいとした拍子に感情を突き動かされてしまう。突き飛ばされる、といったほうが正しいかもしれない。

 

さいきんエレカシがベストをだした。またかよ、っておもったのだが、ベストというのはドライブなんかに適任なので先日の車中でよく聴いていた。

そいだらラストにRAINBOWという曲がはいっていてとても良かった。なので私は年甲斐もなく東西南北に四肢をばたつかせ、けらっけら笑いながらはしゃいでいたら電信柱に衝突。自前のロールスロイスが廃車と相成り果てたので、近場にあったトヨタでプリウスを現金購入。現在にいたります。

 

音楽というのは特別なコンテンツだとおもっている。カルチャーや虚構物として映画や小説などと並列させられることがおおいが、私はそっちよりも酒とか薬物(やったことないけど)に近しいものではないか、と所感を抱いている。

映画や小説はしづかに精神をごちゃごちゃっと攪拌させられるが、音楽や酒は理性の断崖絶壁、その向こう側に背中を突き飛ばされる感覚、といえば理解が得られるでしょうか。それが衝動に駆られる、ということだと思ってます。

 

そんな衝動をひさしく忘れていた。すでに30年生きているといろんなものごとにちょっと冷めてくる。古い音楽ばかり聴いている。そうか、ゲームやアニメに夢中になれないのもそのせいなのかもしれない。ただ体力が欠落してきた、ってだけなのかもしれんが。そういえばさいきん意味もなく心の臓器がどきどきするんですが。

 

それを、その衝動を思い出させてくれたのは齢50を越えたバンドであった。その名をエレファントカシマシという。簡素な説明文を挿入するならば、3人の人間と1柱の現人神で構成されている日本の楽団である。今回拝聴いたしたベストは結成30周年のものであった。

 

RAINBOW。前作のアルバムのタイトル曲であった。エレカシ好きとしては恥辱的発言であるが、こんかい初めて聴きました。

 

速い音頭の激昂な曲で、音質はずいぶんなモダン風である。弦楽隊も導入されておりイントロから幅を利かせている。ディストーションといえば格好がつく、いわゆる心地よい音割れ音響を施したドラムスのはちゃめちゃがこの曲の情念を支えている。

まくしたてるような主旋律が疾走感を助長する。ぎりぎりだがしかししっかりとミヤジ神としての声を体現している。うわずっている。しかしミヤジの声はぶっとい。野太くて力強くてでもやさしくて儚げである。BメロやCメロで半テンしたときに見せてくれるその優しさが心地良い。しゃくりあげなんてものも珍しく使用している。そして歌詞が良い。

なにより歌詞はCメロ終わりの「1,2,3,4、デー」がポイントである。この「デー」の文章化。これがいままでのミヤジとちがう。ミヤジ神はよくこのデーを使用する。言葉や旋律にならないボーカルのオブリガードとして「デー」っと叫ぶ。ベスト1曲目の「友達がいるのさ」でも言っている。デーを歌詞としてあらためたことで神がさらなる飛翔をし天空へと舞い上がった。「俺の道」という曲のメインフレーズである「ドゥドゥドゥドゥッドゥドゥー」でさえ歌詞でないのに!

 

小ざかしい曲解説みたいなことをしてしまったが、ちがうんだ。この曲の素晴らしいところは。とにかく突き動かされてしまう。

 

かつて私は中学生であったし高校生でもあった。そんなときたまに部屋に閉じこもった。自分ひとりだけの空間。そこでやることといえば男性的ストレスの発散と、ひとりライブであった。

音楽再生装置にデータ化された音楽ディスクを嚥下させ、大音量でかける。そしてひとりモッシュで壁に衝突する。ベッドを人海に見立ててそこに向かいダイブしサーフィンする。

ときには外界でイヤホンなる耳栓小型スピーカーを外耳にぶちこみ、ポータブル音響機器にて音楽を再生する。そして行く場所もなく駆け出したりしていた。道半ばに電信柱があればぺちぺちとにぎった拳をあて、でこちんを擦り付けたりして破壊していた。ついカッとなって。

 

そんなことをしたくなった。埋没した私の凶暴をわしづかみにして引き上げられたような感覚。脳汁がどばどばでる。小難しいカタカナを使用すればアドレナリンというものでしょうか。ゆえに私のロールスロイスはスクラップになった。

 

音楽はときにヒトの獣性をよみがえらせる。ロックなんてのは殊更である。ロックを聴いておとなしくなんてしていられますか。

しかしそれは酒と同じでやばいときもある。高校生のときの私なんてまさにそれだ。しかしそれを認めることも大事である。なぜならば、それが俺さ。嘘じゃないさ。ということなのだから。

 

All Time Best Album  THE FIGHTING MAN(通常盤)

All Time Best Album THE FIGHTING MAN(通常盤)

 

 

電車内、体調不良の人多すぎ問題

日記 まじめな話であるが基本的に私はまじめなのでふざけた話など無い

 

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3回である。半年間で3回。これが多いのか少ないのかはわからない。

そりゃあものごとにはそれぞれの尺度があるわけで、たとえば半年でフォアグラのグリルを赤ワインソースで堪能した回数が3回というのは庶民的感覚からして多いほうである。対して、この半年でカレーライスを匙でつっつく回数が3回というのは少ないんじゃないのか、と推して量る。

 

冒頭の3回というのは朝方電車内で席を譲られた回数である。ちょうふくする記載であるが半年という期間内である。なぜ私のような快活健康な人間に席を譲ってくれる方がおられるのか、といえば2歳の男性を抱擁しているからである。15キログラムほどの目方があるのでさいきん「お米ちゃん」という渾名をつけた。

 

元も子もないことを言えばこの3回というのは誇張している。じっさいはもう数回譲られた経験がある。しかしそれはノーカウントでお願いしたい。なぜならば譲渡人は優先席がほんとうに必要な障がいをお持ちの方や、妊婦さんだったからである。

 

そういった方々のお誘いは、譲渡するその勇気や慈愛に申し訳ないのだが、お断りさせていただいている。私たち家族はべつに立っていてもなんとかやっていけるのだから。

しかし、そういった方々は何度も席の誘導をうながしてくれる。毎朝おなじ電車に乗車しているのでタイミングは重なる。これまた申し訳ないので必然的に優先席はさけるようになってしまった。これはお断りをすることに精神的引け目をかんじてしまう私たちの弱さである。

 

そうして埼京線を走る電車内。お立ちのお客さまとして吊革につかまり振動に対して均衡を保っている。

私と同様の一団がいれば「すわります?」とお声かけするのが人情であると思っている。そうやって道徳教育を受領してきた。教育というか、まぁ日本で日常生活をおくっているとなにかにつけて「正義」や「勇気」、「節度」や「忍耐」、「寛容」や「慈愛」をおしつけられるような感覚を覚える。2歳児の寵愛するテレビジョン番組でいえば「アンパンマン」なんてのは表面的に自己犠牲というものが押し付けられる番組だ。

 

だがしかし誰も声をかけてくれない。おかしい。彼らにはそういった概念がないのか。もっとこう人徳とかないのか。ははは。そうか。うわっつらの仏教国。みなさん釈迦の生誕よりもイエスキリストの生誕を祝う理由がわかりました。ほんとうはここは切支丹のお国だったのですね。というのはなんちゃってって冗談ですが。

 

しかしなぜに?とおもんぱかってみる。わかった。私は思慮浅かった。すみませんでした。つまり埼京線、また高崎線の電車内で着席している方々はぜんいん体調不良なのである。

座席というのは着席するとリラックスできる。これは二脚による自重の負荷を臀部に内在する骨盤にて拡散できるからだ。立脚できないほどの体調不良。これが彼らを無慈悲たらしめている。元気いっぱいな2歳よりも自身を案じるのは人間の本能として正しい。

 

その理由を確固たらしめているのは他でもないマスクの着用率である。マスクの防菌効果はあまりない。いまだに最大のメディアでありつづけるテレビジョンでのたまっておったのでその情報に偽りはない。

ではなぜマスクを装備するのか?それは他者への配慮である。

自らの体調不良を風邪菌やその他もろもろ、よくわっかんないけど、その菌類の所業だと考察する現代人は内在する菌種を拡散すまい、と飛沫感染の防止にマスクを着用する。私は恥じたい。さっき席を譲らぬ不届きものだ、なんて感じに書いちゃったことを。マスクを着用しじっと身構え席に居座ることが彼らなりの慈愛であったのだ。

 

さらにその根拠はつづく。彼らは基本的にじっとしている。目を瞑っている。これはなぜかと申し上げますと、人間の脳への情報は視覚からが70%である。つまり視覚からの情報をシャットアウトすることで、寝たふりなんかをすることで脳の情報処理という負荷を避けている。そうしてとにかく自己回復につとめている。聡明である。うつくしいほどの自己防衛である。

 

外界からの情報遮断ということにおいて、スマホゲーム、耳栓型音楽鑑賞装置なんてのも適任であり、みなさん自分の世界に閉じこもり、そして体調の不良を良好へといざなおうと試みている。

 

なので健康優良のこんな私が彼らに「席を譲れ」などと思うことは、身の程にあまる思慮であってたいへん社会をなめた、見上げた根性というやつなのである。ほんともうそんなこと考えちゃって、すみませんでした。

 

なぜみんなこんなにも調子が不良なのか。現代社会のかかえる闇である。週休というのは基本的に3日くらいないといけないのではないだろうか。

ノーリツ湯沸かし器、しゃべる言葉に気をつけろ

まじめな話であるが基本的に私はまじめなのでふざけた話など無い

 

俺はなんて心のせまい人間なんだ。人様からみたら瑣末ごとなのに、なんでそんなことうじうじと気にするんだ。だめだ。だめな人間なんだ。俺は。もういっそ俺なんて消えたほうがいいんじゃねぇか。なんて思うことがたまにある。

 

我が家にはノーリツという会社の湯沸かし器が導入されている。備え付けのものである。都市ガスを利用するものである。

 

毎日それにて湯を沸かしている。食器洗浄、手洗い洗面、もちろん沐浴なんて場面に大いに活躍している。おかげで本日もあたたかいお湯に肩まで浸水。血行促進と疲労回復に一躍も二躍もかっている。

 

居間の壁面にそのコントローラーがはめ殺しにされており、各種ボタンが設けられている。その中のひとつ、よく使用するボタンだが、「ふろ自動」というものがある。ぽちりと圧迫すると風呂釜内の放水装置から温水が発生し、あらかじめ設定してある水位までふろの湯を貯水してくれる、といったスイッチである。

 

スイッチの押圧後、20分程度で湯がたまるのだが、それをなんと!溜まった刹那、しゃべってお知らせしてくれるのだ!淡々とした女性の発語で!!これはコントローラーに内臓されたスピーカーからの発音である、というのは言うまでもないが。

 

「お風呂が沸きました」というのが彼女(女性の声でしゃべるのでそう記載したい)の言い分である。ここで、はて?どういったことか?と思ってしまう。沸き…ました…?

 

私の考えはこうだ。

湯沸かし器はまず機器内にて湯を沸かす。そしてその沸かした湯を、つまり温水を風呂釜内に貯水する。ということは、すでに沸いている湯を風呂に放水しているわけであって、常温の水を風呂釜内で沸かしているわけではない。

だから「お風呂が沸きました 」と言うのであれば、溜まった水に熱エネルギーを伝導させ、加熱し水をお湯に変換した事象を述べるべきであって、そもそも温まったお湯を放水し、風呂の準備がオッケーなことを報告するのであれば「お風呂にお湯が入りました」と進言すべきであって、断じて「沸きました」などと虚偽の報告をすべきではない。

 

ここで、聡明な読者の方であれば「お風呂がわきました」というフレーズは「お風呂が湧きました」ということではないか?と思われると察する。

 

しかし、それは否定させていただきたい。なぜなら「おふろがわきました」発言の5分ほど前に彼女はもうひとこと発している。「もうすぐお風呂がわきます」と。

 

「お風呂が湧きました」と表意するのであれば、この事前の報告「もうすぐお風呂がわきます」というのは無論「もうすぐお風呂が湧きます」と漢字が当てはまるわけだが、このときすで貯水量は8割以上。つまりすでに「湧いている」のである。

「もうすぐお風呂が湧きます」というフレーズと解釈するのであれば、そう言う前に風呂釜内部はカラカラに乾いているべきではないのか。マントルの熱により温まった源泉が噴き出しそうなぐつぐつと大地が揺れる状態。それを「もうすぐお風呂が湧きます」と形容すべきではないのか。

しかしそのとき、すでに浴室内はむせかえるような湯気に満ち足りている。風呂はすでに湧いているのだ。

 

という旨を妻に話したら、男のくせにいちいちそんな細けぇこと気にすんなよ、と言われ、いま男としての威厳を損失真っ最中。恥辱の垢にまみれたので風呂でも沸かそうかな、と思っているしだい。

今後、家庭内での発言に気をつけます。

 

さいごに、渦中の湯沸かし器コントローラーがこれです。

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ノーリツ関係者の方は、お問い合わせかツイッターのダイレクトメールまでご釈明をください。

トミカフェスティバル in Tokyoへ行った

日記

 

快晴。日差しは春のにおいを際立たせていた。しかし、ひんやりとした清潔な空気の流れる一日であった。

夫婦子ども、ともに休日であった本日は池袋にあるサンシャイン池袋という高層ビル施設に侵入。タカラトミーの主催するトミカフェスティバルなるハレの祭りに参列した。

文化会館4階にて催事。飾り看板により箱型自動昇降機エレベーターでの移動を促されるが、階段型自動昇降機エスカレーターでの上昇のほうが時短になる、と学んだ。

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なんとなく昂揚し、ツイッターに「きたぜ!」とか記載。ネットの大海に一瓶を振ってしまった。それだけ人がたくさんいました。

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みなさん御存知、ティー君が玄関口にてお出迎え。おもわずアイフォンの写真機アプリにて撮影。

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トミカとは、タカラトミーという株式会社が作成した物質縮小機、通称スモールライトによって縮小された車(おもに廃車やわけあり品)を箱詰め流通販売した玩具に類するもの、である。(ちがうと言っておく。念のため。)

それらが展示されていた。

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人と車に歴史アリ。そしてこの歴史は、男子とは普遍的にロボ、勇者、冒険、宇宙、昆虫、車が好きな動物である。と物語っているようであった。 

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プラチナ製のトミカ。700万。どうやらプラチナの相場によって値段が変動するようだ。森永卓郎がどうおもうのか。見ものである。 

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プラチナと並列するのは純金のトミカ。なんだかおぼっちゃまくんの世界に紛れ込んだかのような眩暈がする。小林よしのりがどうおもうのか。見ものである。

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さまざまな展示物があった。遊戯する我が家の2歳男児。

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トミカで作成されたトミカの文字。そこそこ、おぉ!と思った三十路。

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息子はわかっている。過ぎ行く少年たちが五指のうち人差し指、中指のみを立ち残し他の指は折りたたみ、なぜか合点がいかぬが「二」の字を強調し、写真機での撮影に勤しむなか、国家の従僕たる敬礼をおこなう、といった所業。

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今日も息子はげんきでした。

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ディズニーピクサーというエンタメ企業が作成した「カーズ」という自動車擬人化コンテンツ。それとも合同企画を催しており、カーズのトミカというのも販売流通されている。

カーズは少年たちに熱狂をもたらす。企業もそれを承知しているようで、他のコンテンツよりも圧倒的に力の入れ具合がちがっていた。ちなみにカーズ3が今夏に公開されるようですね。

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巨大ジオラマはもう都市。

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こどもというのは本当に楽しいときべつだん笑わない。懸命なまなざしをただ向けるだけだ、と妻の名言が飛び出した。

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イベントも催されていた。

プレイチケットが1枚、100円硬貨と交換できる。それをもって遊戯をするといったものである。私たちはこどもが2歳児ということもあり、あまり出来ないことを言い訳に参加は見送った。

トミカの釣場が存在するご様子。

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トミカのドリフト会場。(たぶんちがう)

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組立工場はチケット6枚で参加が可能である。

チケットと引き換えに厳選されたパーツ状のトミカをひとつ選び、それを目の前で組み立てしてくれる、といったもの。 

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われわれはこれも見送った。600円ならば好きなトミカをひとつ購入しようか、と談合のすえ相成ったからである。

 

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トミカには専用の道路、建築物、格納庫、なども開発されており、それもまたタカラトミー社により販売されている。

さまざまなパーツを収集し、それを組み合わせ上記のジオラマ町のように設計。そこでトミカを滑走させる、というのが醍醐味であるが、いかんせん巨大パークを作成するには値が張る。値が張るし、場所をとる。

なので思い思いのトミカタウンを作成できる、という趣旨のトミカプレイランド。最高にたのしそうであった。しかし我々はこれも断念。えらい並んでました。トミカフェスなめてた。

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かくして、トミカフェスティバルを堪能した。以下は主だった戦利品である。ほんとうはもっと購入してしまったが、限定品や入場記念品のみ掲載させていただこうと思う。おれこういうとこ行くとめっちゃ買っちゃうんだよなぁ。

 

入場でいただける帳面。あたらしいアニメーションが放映されるようだ。そういえばそんなイベントも会場内でやっていた。 

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限定品。この言葉の魔力に勝てる人間を私はしらない。

TEM(TOMICA EVENT MODEL)。なんてずるいフレーズだ。

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2歳の息子とおもむいたが、たいへん楽しめたイベントであった。やはりよりいっそう楽しめる年代というのはもう少し上かもしれない。しかし行ってよかったと胸を張って言える。

帰りはぐっすりねむってしまった息子。質量は15キログラム。お米ちゃんというあだ名をつけた。

www.takaratomy.co.jp

姫路のこども園問題を見てKidsly(キッズリー)の導入をすすめたい

育児

 

2歳の息子を保育園に通わせています。とても親身になってくれる保育園で感謝してもしきれないです。本当にありがたいと思ってます。

さいきんそんな保育園の信用をなくすような人間がいる、というニュースがありました。私は怒りとともに悲しくなりました。毎食ごはんスプーン一杯の刑を実行してほしいです。

 

ほとんどの保育園は、うちの保育園のようにしっかりしてくれていると思ってます。しかし保育園に通わせているとじっさい、こどもの生活が見えない。これは仕方ないことなんですが、その不安を少しでも和らげてくれるサービスがあります

Kidslyというものです。

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私のこどもがかよう保育園ではこのキッズリーを導入してくれていて、すごく恩恵を受けています。めちゃくちゃ良いのです。なので全国の保育園で導入していただきたい。制作元であるリクルート様からスクショを載せていいと許可をいただきましたのでブログにて紹介させていただきます。

 

kidslyとは

リクルート様が提供するウェブサービスです。スマホのアプリで保育園の連絡帳を運用する、といったイメージで良いと思います。

kidsly.jp

キッズリーの良いところ

連絡帳の写真が良い

こどもの保育園での様子を知るのって基本的に連絡帳だとおもうんです。お迎えにいかないパパなんて特にです。でも文章だとなかなか想像しにくいです。キッズリーだと写真を撮ってくれます。以下スクショです。

 

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こんな感じです。園児の顔がたくさん写っているのでスタンプばかりで申し訳ないですが…。うちの保育園はいつも14,5枚の写真をアップロードしてくれます。

遊んでいる様子。今日はみんなでなにをやったのか。それが写真で把握できるのってすごく良いです。もちろん画像はスマホに保存できます。日常の思い出が増えます。

ちなみにブルートゥースをオンにして登園すると勝手に出席確認がされます。

 

連絡帳がスマホ管理

賛否はあるかも知れませんが、とりあえず賛のほうだけ先に申し上げたいです。

出欠席、体調、昨晩の様子、朝の様子、基本的な連絡をスマホでできます。

以下スマホのスクショです。

 

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お休みの連絡を電話でしなくていい、って良いです。先生たちの朝のお忙しい時間をきにしなくてよいので。

 

スクロールします↓

 

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投薬の有無などもあります。

スクロール↓

 

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一時保存なんていうのもスマホらしい機能で便利です。 

 

こんなフォーマットになってます。

この利点は手書きでないこと、つまりどこでもスマホで提出できることです。朝連絡帳を書いている時間ない!って時も、とりあえず子供を保育園に預けて、提出時間以内に会社なんかでペタペタスマホで打てるのは便利です。

 

スマホに届く連絡帳

 

いつも夕方くらいにスマホに通知がきます。キッズリーです。保育園からの一日のレポートが来ます。

 

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私はお迎えを妻にまかせっきりになってしまっているので、こうやってスマホに連絡がくると会社でもこどもの様子を把握できるのでありがたいです。

 

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給食の内容はもちろん献立表でいただいていますが、こうやって実際の写真があると実感がわきます。息子のかよう保育園では、全体のレポートで食べている様子の写真などもたまにアップロードしてくれます。

 

突然の連絡も

急に体調をくずしてお迎え、なんてよくあることなんです。その連絡もまずキッズリーに来ます。メールやラインのようにキッズリーのアプリ内で先生とやりとりできます。もちろん勤務中で読めない時もありますので、そのときはさすがに電話連絡をいただけます。

 

懸念されるべき点

私はこのキッズリーをとても良いものだと感じています。しかし、少しどうかな?と思う点もあるので記載していきたいです。

 

保育士の負担

保育士さんたちの負担が増えないか心配です。写真をとったりすることですね。

連絡帳の文章もスマホで打たないといけないです。しかし手書きとスマホ、どっちが楽なのでしょうか。手書きだと、文面がコピペであってもいちいちぜんぶ帳面に書かないといけないです。しかしスマホなら文面のコピペも数手でできる。これは利点だと思いますが、じっさい保育士さんに聞いてみないとわからないです。

手書きの連絡帳がすごく凝っている保育士さんもいてすごいなぁと思ったことがあります。でも連絡帳の作成に費やす時間を園児をみる時間に変換できるのでは?とも思います。

 

スマホという媒体について3点ほど

①その保育園の保護者全員がスマホをもたないと運用できないです。個別に手書き、っていうのもできるかもですが。

②写真を撮ってくれます。外の公園でもあそんでいる様子を撮影してアップロードしてくれます。その光景をよくない、と思う方々もいらっしゃるかもしれません。保育士がスマホで遊んでいる!なんて言われるかもしれません。こちらは事情がわかっているので無視すればいいんですが、一所懸命にこどもを見てくれている保育士さんたちに申し訳ないとも思います。

③連絡帳がデータ、という特性上、手元に連絡帳が残らないという点をどう思うか、ですね。もしかしたら印刷などしてくれるサービスもあるかもしれませんが。

 

総括

kidslyの真髄は写真かな、なんて思います。やはり画像で園における様子がわかるのは説得力が違います

保育園にこどもをあずける保護者は不安です。それを保育園の体制や保育士さんたちの人柄で安心に変えてくれる部分ははかりしれないです。

しかし、このキッズリーを導入することでその安心の部分が可視化する気がしています。また、なによりも便利です。すごく便利です。手書きの連絡帳ってすこし書くの億劫になったりしませんか?

ちなみに、スマホに頼るから、保育士さんとのコミュニケーションが減るなんてことは一切ないです。これは実証済みです。

 

さいきんキッズリーを導入する保育園も増えているとニュースでみました。しかし、すべての保育園で導入してもいいんじゃないかな、と個人的所感を抱いています。

利用料金は無料なので、ぜひ保育園関係者の方は検討してほしいです。

 

kidsly.jp

 

音楽はことばよりもプリミティブ

まじめな話であるが基本的に私はまじめなのでふざけた話など無い 育児

 

universe

 

ナーダブラフマーてのはインド語で「世界は音」って意味なんですね。「この世界、宇宙を形成しているものは音だ。」ってわけわからん発想なんですよ。しかし、それがヒンドゥー教では知れわたっている観念なんだけれども、なんとも傲慢なご意見ではないか。ジャズやってるやつが言いそう。

 

しかし一理あるな、とも思ってしまうのですね。ってのも我が血族の2歳男性のくちびるからほとばしるメロディの多さゆえですかね。あいつ、とにかくいっつも歌ってる。ダパンプのISSAかよ。

 

基本的に好きな歌を歌っている。再生回数から察するに「はたらくくるま」が彼のキラーチューンらしい。あとはやっぱり「ブンバボン」とか「トミカの歌」とか。さいきんはブリッピーとかいうアメリカの動画の歌とか。

 

邸宅でちょっと鼻歌なんかを刻んでいると「なんのうたー?」と尋問してくる2歳児。もっとほかに生きていれば疑問があるはずでしょう2歳児。これから人工知能にとってかわる仕事とか、そういうのをもっと疑問に思えよ2歳児。しかし、あいかわらず歌ばかりにご乱心。

 

こどもはことばをリズムで覚える。だから「アンパンマン」や「新幹線」、「タンタン麺」なんて語感がリズミカルなものが覚えやすい。つまり言いやすいから覚えやすい。我が家の2歳児が最初に言ったのはママとかパパじゃなく、アンパンマンでしたから。これは一生根に持つ気がしている。憎きアンパンマン、私の心はバイキンマン。

 

音楽の三要素ってもんがあって、それがリズム、メロディ、ハーモニーってものなんだけれども「太初にリズムありき」なんて言ったのはハンス・フォン・ビューロー*1なわけで、その真意は、やはり音楽っちゅうのは、まず音頭が大事だってことですね。

 

しかしこれ「太初にリズムありき」ってのは音楽だけじゃなく、言語にも言えるのではないか?と思ったんですね。それはやはり上記のごとき、子どもが最初に覚えることばがリズミカルなものであるってことからなんです。

 

だから、リズムの次にメロディに重きをおき、歌ばっかり歌うのは人間の成長として必然なのでは?なんて思ったんですよ!俺はびっくりしているんです!!ナーダブラフマー!!世界は音、ひいては音楽って合ってんじゃね!?つって!!!つまり、かなり取り乱しているのでちょっと乱文失礼仕りたいのですが!!!

 

2歳5ヶ月のこの歌ばかり歌う時期を私は「メロディ期」と呼称したい。

メロディってのは感情的なんですよ。リズムよりも、ハーモニーよりも、とっても感情が込めやすいのです。だからこのメロディに付随する感情の爆発、つまりイヤイヤ期は必然なんですよ、ってだいぶ当て付けを申し込んできましたが。

 

1歳くらいで自分のリズムをもち、リズムのことばを覚え、2歳からはメロディ的な感情を抱く。と同時にもちろん音楽的メロディを意識し始める。そいで、いつかはわからないですけどハーモニーをあわせたとき、彼の世界ができあがるんじゃねぇかな。と、けっこうなポエムですが。いつもはもっとちゃんとしてるんです。信じてください。

 

ハーモニーとは和音。調和です。つまり調和を得たとき、それから「ことば」が完成するのでは?なんて思いました。リズム、メロディ、ハーモニーを合わせた、ことばという音楽。ことばは世界ですし。はじめにことばありき。

いずれにせよナーダブラフマーって、ばかに出来ない考えなのかもしれない。

 

音楽は芸術なんかではなく神だよ、といったのはラヴィシャンカールでしたか。忘れましたけど。とりあえずシタールを学びたい。

 

Music Of India

Music Of India

 

 

*1:ハンス・フォン・ビューローはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の指揮者です。なんか偉い人っぽいですよ。

1ヶ月断酒してわかったこと。と、これからのこと

まじめな話であるが基本的に私はまじめなのでふざけた話など無い

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Whisky

 

じつは、って言うほどのものでもないのだけれど、2017年、つまり今年に入ってあまり酒を飲まなくなった。2017年1月3日から2月の半ばくらいまでは、すっぱり酒を断った。

なぜか、といえばたいした理由もないのだけれど、みなに「やばいよ」「肝臓だいじょうぶなの」「夭逝するよ」「保険ちゃんとはいってる?」なんて具合にこころを煽られたからだ。夭逝ってすでに三十路ですが。

自慢だが、かかるぐあいに友人一同に心配されるような酒の飲み方をしていた。

そんな私が断酒して気がついたことを綴ろうか、と思ったしだい。

 

一ヶ月の効果

体調

酒を断つと体の調子がよくなる!なんてよく聞くフレーズなんだが、私は鈍感なようであまり感じなかった。とくに最初のほうは逆に眠れなくて困った。ゆえに睡眠不足で疲労。調子わるくなってんじゃん。

たぶん眠れなくて酒をのんでしまう人は比較的多いと思う。私もじつはそのくちで、断酒のさい、やはり入眠に難儀した。自慰行為に耽り徒労をさそおうかな、とチャレンジするもののディスプレイのブルーライトにより覚醒を促されるばかり。やはり読書、というのがもっとも眠れない夜に最適だな、と思う。

その後、断酒生活におちついて入眠がたやすくなったか、といわれればそうでもなく普通。では起床がたやすいか、といわれれば別にたいして変わらん、という印象。体調、ぜんぜんよくなりませんよ。まぁ私はあまり二日酔いするタイプでもないので。

 

ダイエット

私は飲むと食わない。

タモリが、飲むから太るのではなく、飲むときに食べるから太るんだ、と説いていた文言を硯を擦って清書、床の間に掲げて毎日眺めているので、食わない。肥大化する自身のボディに恐怖心を抱いているからだ。

なので酒を飲まなくなったら太ると思っていた。ご飯をわしわし食べると思っていたが、じっさい夜は食わない習慣がついていたので、キャベツやにんじん、セロリや燻製豚バラ肉などを激煮、つまりハードボイルドした煮汁を胃袋に収めるだけで夕餉は終了。ゆえに痩せた。

というか、どうやら私は飲み終えたあとなんだかんだ食っていたようなのだ。妻曰く。夜な夜なマルちゃん生麺を湯にひたしていたようなのだ。「食う?」と誘惑するのが私の手口らしく、妻はともに夜中に中華麺をたぐる仲と相成ってしまっていたようだ。ちなみに私にその記憶はない。

痩せた、と上記に記載したが、じっさいそんなに体重は変わらなかった。すこし減った程度。しかし輪郭は激烈なる変化があった。すっきりしたのだ。むくみがとれた、というべきなのかもしれないが、これにはおおいに驚愕した。鏡にうつる私はさらにイケメンになった。

 

経済的な変化

ひかくてき大酒飲みである。ちょうしがいいときは一日でワイルドターキーが一本なくなる。まぁ休日は飲んでいる時間がながいというのもあるのだけれど。それプラス、発泡酒、ワイン、焼酎を熱湯で希釈したもの、などを鯨飲していたのでそら我が家の経済は逼迫。具体例をもうしあげれば、ワイルドターキー1700円(近所のスーパーやすいんすよ)、黒霧島1000円、淡麗グリーンラベル6本入り700円、なんてのが日々のルーチンで続くわけですよ。めちゃくちゃ酒税を納めてました。高額納税者です。さらに週末はワインを2000円分購入したりしてましたからね。

飲まなきゃいわずもがな、酒代は浮くわけです。

 

アクシデント対応

断酒してすぐの1月の14日。夜中に息子が猛烈な体調不良に見舞われた。真夜中の下痢と嘔吐の大運動会だった。ノロウィルスだった。酒のんでたらたぶん対応できなかったと思う。その点で酒なんか飲まないほうがいいんだ。なんて思った。稀な事象であるが。

 

 断酒の方法

とくにこれといって方法を確立したわけではない。ただ酒を飲んでいた時間をブログなどを書く時間にあてた。それでなんとか自分をごまかした、ってかブログにはまっちゃったんですよね。だから断酒できた。

依存症

これにより判明したのは、私はべつに依存できるものがあれば、なんでもいいんだ、ってことであった。

つまり、酒ばっか飲んでたときは酒に現実逃避を依存していたが、ブログに嵌ってしまえば、ネットの世界で年商30億のカリスマ美少女実業家になれるわけであって現実世界から逃れられるわけです。このブログではけっこう素の望月さん(私の姓)を出してますが。

ということで、酒を断ちたい人はブログかなんかやるといいのではないのでしょうか。まぁブログじゃなくでも他に嵌るもん、依存できるもん、ですね。虚構の世界がいいと思います。小説なんか読むのはいいですね。

 

そして飲酒の再開

 再開の理由

私はアルコール中毒ではないな、と思ったから。

ただの現実逃避家であって、つらい俗世を忘れたいから酒を飲んでいただけであった。だから他手法(ブログ)で逃避をできている現在、アルコールにはそんなに依存しないだろう、という仮定を導き出した。ってか、飲み会にさそわれたんですね。だからおいそれとついて行ってしまった。べつだん普通に飲めましたが。

 

しかし、やはり私の酒の飲み方はおかしい

さいきん結婚記念日で妻と晩酌をしたが、どうもおかしい。空けたばかりのウィスキーの酒瓶が翌日中身が半分になってしまっている。あれぇ?天使の分け前かな?なんてすっとぼけてみると強烈な二日酔い。どうやら飲みすぎてしまったようであった。

私はやはり飲むと際限なくのんでしまう。その日もそのままベッドに倒れこみ気絶。もちろん私に記憶はなく、妻の証言だ。

楽しかったんだと思うよ。と妻は言ってくれたが、一度飲みだしたら止まらない習慣を諌めねば、と思っている。次の課題である。

 

今後の酒との付き合いかた

と、仰々しくも打ってみたが、とくにこれといって目標はなく、ってか、いまそんなに飲まずに居られているので現状維持。たまに酒を飲むのもいいじゃないか。といった感じでいい距離感をとれている。

助言

もしかしたら、これを読んでいる人に酒との付き合い方で悩んでいる人もいるかもしれない。そんな人にはあまり偉そうなことを言えない内容になってしまっている。しかし、もしそんな人がいたら二つだけアドバイスできることがある。

・やめるならすぐ辞めろ

・なにか他に虚構へ逃げられるものを作れ

ということである。

ほんとうに辞めたいのなら徐々に酒量を減らしていく、ってのはたぶん無理。そんなヤツはつづかない。ざんねん。やめるならすっぱりやめなきゃだめだ。飲むやつは飲むときにすげー飲んでしまう、私のように。

断酒ブログなんてのもすてきだとおもう。べつに私はブログって良いもんだよ!なんて痴れたことは言わないが、逃げられる場所を作るのは良いことだと思う。自分の記録としても残るし。

 

総括

一ヶ月と記載したが、じっさい断酒をしていたのは一ヶ月半である。

そこで気づいたことは、人間はなにかしら助けが必要なのである。ということ。それが酒であって、酒とうまく共存できれば良い。

しかし酒は烈しい魔力を含んでいて、ときに人を取り込んでしまうこともある。こいつがやっかいかもしれん。

私は自己判断だが、アルコールの依存症はなさそうだ。どうどうと言うが私は酒が大好きだ。なので適度に嗜む程度にこれからも付き合っていきたい。いまはブログ依存症だが。

まぁほどほどを覚えることだね。って自己鞭撻って感じで〆させていただきます。