まだロックが好き

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まだロックが好き

アラサーです。 ふだんはサラリーマンをしています。 元バンドマンです。 高校から一緒の妻と、2014年に生まれた息子がいます。 趣味でまだバンドをやったりしてます。 まだロックが好きです。 そんな日記です。ブログではありません。 日記です。

バンドの在り方について

バンド 音楽

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年甲斐もなくパンクバンドのコピーをしている。イベントに向けた一過性のバンドだが、これがまた結構楽しい。

以前日記に書いたのだが、そのバンドだ。
 
コピーなのでスタジオでやることは、源曲というお手本に沿って音合わせをする、ということだけなのだが、どうしてこうも上手くいく時と行かない時があるのだろうか。
ふとバンドの在り方について思うことがあったので筆とった、否、パソコンを起動させたのだ。
 
 

 

2種類のバンド

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欧米人みたいな言い方をすると、バンドの在り方ってのは2種類しかない。
 
一つは、全員がフラットな関係のバンド。
もう一つは、バンドに核となる人物がいるバンドだ。
 
フラットな関係、これは別に年功序列的なパワーバランスの有無ではない。
年齢が別々な場合、年長者を労り誰かがジュースとパンを買いに走ることもあるだろうし、若輩モノがセンパイに飲み代をせびることもあるだろう。
しかしそれは関係ない。ここで言うフラットとはバンドの在り方についてなのだ。
全員が同じ方向を向いている。全員がそのバンドに同じ熱量をもって挑む。
これがここではフラットという意味。
スタジオの予約やスケジュール管理などといった事務的リーダーの存在はフラットという言葉の意味に関係性はないのです。
 
とくに誰彼構うことなく全員が全員、同じ気持ちでいられるのならバンドはこれに越したことはない。とてもいいバンドである。
コピーバンドなら、正直これでなんとなく上手くいく。みんなやりたいことが固まっているからね。
たまにどうしようもない時はあるが。
 

リーダーと伴に「核」が必要

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「核」というのは上記の通り、リーダーとは関係ないと思っていただきたい。
バンドも社会だ、事務的なことは結構ある。リーダーは必要だ。
メンバーのスケジュール管理やらスタジオの予約やらイベンターとの連絡とかライブハウスへの連絡だとかカネの管理だとか結構めんどくさいことが多いのでもちろんそういうのをこなす役割は必要。それを全て一人でこなせる人、もしくはタスクをメンバーに振れる人。そういう人はリーダーに向いている。
 
ここでいう「核」は磁石のような存在だ。

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余計わかりにくくなったかもしれないが話を続けよう。
磁石の様にメンバーを引きつけたり、磁力によって同じ方向を向かせたり、メンバーの情熱を引き出させたりする、という意味だ。
 
それは別に「核」となる人物が陣頭指揮をとってああだ、こうだと指図することでもない。
コイツにこうしてほしい、この曲ならコイツが活かせられる、コイツの魅力を引き出すにはこうしたほうがいい、そう思わせられる存在。それが「核」なのです。
これはできればボーカルにやってもらいたい。
それが一番わかりやすいからだ。
 

例えるのであればワンピース

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ワンピースに例えるとわかりやすいと思う。
麦わらの海賊団の船長はルフィだ。けどヤツはリーダーには向かない。
船の指揮をとるのはナミだし、その他参謀的にサンジやらロビンやら頭脳系キャラがいる。
しかし彼らの「核」はルフィであり、この海賊団をどうしようかと考えるとき基準はルフィになる。ルフィの思考や嗜好や志向にそって進路を決めていく。「核」とはそういうこと。
うーん我ながらわかりやすい例を出せたと思う。
 

核があるバンドは強い

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バンドにはそれぞれ方向性ってモノがある。
よく脱退理由になるアレだ。
この方向性はリーダーではどうしようもない。
「核」が一つあるとこれは自然と決まっていく。無理にメンバーを引っ張るより自然な流れに身を任せていくことの方がみんながノーストレスで意思決定をできる。
だから「核」のあるバンドは強い。
なぜなら方向性が定まっているから。方向性が定まるとお茶の子サイサイで曲も決まりやすくバンドにカラーが出てくる。 バンドのカラーは大事だ。
 

私の失敗談

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過去にやっていたバンドでは「核」は曲を作る人間だった。
ぼくともう一人いたのだが、それなりにうまくやっていたと思う。
曲ごとにイニシアチブを分けるのも悪くないのだが、そうなると他のメンバーが面白くなかったようだ。
大体ふたりで話が終わってしまう。アレンジも編曲も歌詞もバンドの方向性も。
 
これはマルチコアとしての失敗だと思っている。
 
そしてなにより私たちの失敗はリーダーの不在であった。
役割分担はしたものの、根本的なリーダーがいなかった。誰も舵をとらなかったのだ。
たぶんメンバー間では私かもう一人がリーダーということになっていたのだろう。
たしかにライブハウスなどに提出する代表者は私の名前であった。でも私自身そんなつもりはなかった。私はリーダー向きではない。そんなこんなである窮地に立たされた時に自然とポシャった。

総括

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舵をとるのはリーダーだが、進路を決めるのは「核」。

それがシンプルの分かりやすい。

 

もしくは全員がオールをもって船を漕ぐオールフラットバンド。

私はこれが理想。

 

ブログを拝見しているとバンドをやっている方を多く見受ける。
みなさんはどんな形態でバンドを運営しているのだろう。
 
 
私がこれからバンドを組む若人にいえることは、とりあえずリーダーは事務的でいいにしろ決めておけということ。