まだロックが好き

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夢破れたサラリーマンがおめおめと生きている日記

【歌詞】英語の「yeah」の和訳は「ヨイショ」にします【決定】

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遺伝子というのは呪いだ。

逃れられない呪縛だ。

 

僕のこの大きな鼻や小さな目は母親のモノとは似ても似つかない。

恐らく離婚した父親側のソレなのだろう。

僕が母から愛されなかったのはきっと遺伝子のせいです。

 

ニッポン人のロックにグルーブが足りない理由。それは我々のモンゴロイドの血によるものだろう。

 

ロックミュージックってのはいわゆるバックビートが基本だ。

ツ  ツ  のリズム。にアクセント。二拍目、四拍目の音楽。

現代のポップミュージックの土台となっているのでこれは分かりやすいと思う。

 

しかし我々ニッポン人の遺伝子に組み込まれたリズムはいわゆるダウンビート。

一拍目、三拍目にアクセントが来る。

 ツ  ツ

うーん現代音楽に染められた昨今の感覚ではわかりにくい。

 

そうだ。

恐らく皆さんは義務教育を受けているはず。

校歌を歌ってみましょう。

ニッポン人がニッポン人のために作った校歌はどれもダウンビート。

とりあえず校歌を思い出して手拍子を打ってほしい。

 

ほらね、歌いだしに手拍子がくるでしょう?

それがいわゆるダウンビート、音頭をとるってヤツだ。

 

ダウンビートつまり頭打ちは何故かもったりしたリズムになる。

ためしに逆にその校歌をバックビートを意識して歌ってみてほしい。二拍四拍を。

若干のスピード感が付き、ノリノリ(死語)になるはずだ。

 

僕はそんなニッポン人の二重螺旋構造に描かれた頭打ちの音頭を払拭すべく、今日も今日とてコーカソイドの作った音楽を聴く。抗う日々は続く。

 

長くなりましたがここからが本題です。

 

 

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歌詞に於いての「yeah」は掛け声として認識されるのか和訳にも載らない。

そりゃそうだ。ニッポン人もイエイ イエイ歌っている。掛け声だ。合いの手だ。そこに意味は無い。

 

余談だがイエーイと遺影を歌詞の文脈に巧みに組み込んだ竹原ピストルはやはり天才。野狐禅の「ぐるぐる」という曲を聴いてみてください。

 

おそらく英語圏でもその「yeah」に意味はないだろう。ノリです。勢いです。景気づけです。

 

じゃあ、もし無理やりにでもその「yeah」に和訳をつけるならば、僕の答えは「ヨイショ」になった。

 

ちなみに他に候補に挙がった掛け声は「ソーレ」「ハッ」「ヤー」「セイッ」。

それに前述の「ヨイショ」を合わせて5つ。

そこから僕の頭の中の住人たちによる【自分会議】が始まった。

※思いつきを書かせてもらうと【じぶん会議】と平仮名表記にすると急にau感が出る。

 

以下はその議事録です。

 

候補の言葉「ソーレ」「ハッ」「ヤー」「セイッ」「ヨイショ」

→和太鼓の掛け声みたい。

→そりゃその通りでグーグルで「和太鼓 掛け声」で検索した結果を厳選しただけだから。あ、もちろん和太鼓のリズムは基本ダウンビート。音頭をとります。

 

・「yeah」に意味をつけてみる

→口語では「YES」の軽い感じ、「うん」みたいな。軽い同意。

→使う場所によって意味持ったり持たなかったりするので厄介。

 

・「yeah」の使用例を考える

→「Oh yeah」のように感嘆と羅列される場合。

前述の軽い同意感がべらぼうに出る。

なんか…ああぁあん…カンジている様子。

気持ちの良さそうな様。

 

→「yeah yeah yeah」のように羅列される場合。

これこそ意味が無い!勢いを文面にしたといったトコロ。

「!!!」みたいなカンジ。

 

→「Yeah!This is a pen.」のように文章の前に入る場合。

やった!これはペンだ!感。歓喜の様。

 

→「This is a pen.Yeah!」のように文章の後に入る場合。

これはペンだ!やった!感。歓喜の様。

 

→「This is Yeah!a pen.」のように文章の後に入る場合。

 これは…やった!ペンだ!感。歓喜の様。

 

チョットマテ。

上記はすべてエクスクラメーションマークが意味を引っ張っている。

エクスクラメーションマークをとってみる。

「Yeah.This is a pen.」

そうだ、これはペンだ感。歓喜の様は薄れ、同意を表している。

以下略。

 

ポイント:つまり「yeah」は付属する言葉とともに意味を変える。またそれ自体に意味がある言葉。そして何処にでも潜んでいる可能性がある。

 

・「ソーレ」「ハッ」「ヤー」「セイッ」「ヨイショ」の意味を考えてみる

→「ソーレ」

和太鼓で言うと、始まり、つなぎに使われるイメージ。

終わりには使われないだろう。

「…ドンッ!(終わりの一発)ソーレ!」また始まっちゃうよ。

準備感がある。勢いをつける様。

あとお祭り感がある。

 

→「ハッ」

和田アキ子

和太鼓で言うと、始まり、つなぎ、終わりに使われるイメージ。万能型。

終わりに使う場合は「ハッー」。伸ばしたほうが良い。

 「…ドンッ!(終わりの一発)ハッー!」キマる。

 

→「ヤー」

和太鼓で言うと、始まり、つなぎ、終わりに使われるイメージ。万能型。

しかも響きがイチバン「yeah」に近い。

しかしダチョウ倶楽部

「…ドンッ!(終わりの一発)ヤー!」

 陽気な三人組が飛び出してくる。

 

→「セイッ」

和太鼓で言うと、比較的つなぎに使うイメージ。

極真空手のイメージ。パンチが飛んできそう。

あとレイザーラモンHG

 

 

→「ヨイショ」

和太鼓で言うと、つなぎに使われるイメージ。

立ち上がる様。おじいちゃん。ココリコの田中。

もっとも日常に溶け込んでいる。よく言っちゃう。

てか言わないと立てない時とかある。

つまりヨイショには日常的に意味がある。

あとお祭り感がある。ハレとケ。

 

 

ポイント:「ヤー」が響き的にもっとも「yeah」に近い。しかし日常的には使用しない点が相違。日常的なのは「ヨイショ」。どこにでも潜んでいる。またその一言は日常と非日常で言葉自体に意味をもっている。

 

 

「yeah」と「ヤー」で遺伝子の根底にあるナニカモット原始的なモノ、人類皆兄弟的なコトを表現していたら理想。

洋の東西を問わず掛け声の音が似ているなんて素敵じゃないかしら。と。

 

しかし言語の共通項としてのに繋がりが弱い。そう、ヤーには意味がない。

 

 ・「ソーレ」「ハッ」「ヤー」「セイッ」「ヨイショ」を歌の掛け声として考えてみる。

参考例はやはり日本全国酒飲み音頭だろう。

 

ゴールデン☆ベスト

ゴールデン☆ベスト

 

 

♯1月は正月で酒が飲めるぞ~ 酒が飲める飲めるぞ~ 酒が飲めるぞ~ 

です。

名曲。日本文化とアルコールの共存を完全に肯定している。人間賛歌。ロックンロールです。

 

「ハッ」「ヤー」「セイッ」は基本的に歌謡曲じゃ言わないだろう。和太鼓くらいだ、こんなん言うのは。

 

この曲に相応しい掛け声は「ソーレ」か「ヨイショ」だ。

 

以上を踏まえると、

 

・日常に潜んでいる

・言葉として意味がある

・歌の掛け声としてよく使うモノ

 

として「ヨイショ」が「yeah」の和訳として相応しいことになった。

 

「ヨイショ」。おめでとう。コングラッチュヨイショーン

 

誤訳かもしれない。

 

しかし音楽という媒体に於いて、その歌詞というフォーマットに於いて「yeah」が「ヨイショ」であることは上記に於いて証明された、と思っている。

 

この記事を読んでくれた方はこれから外国人が「yeah」と歌う度、それに同意としての意が汲み取れない場合、その訳を「ヨイショ」と思って欲しい。

 

それはニッポン人がニッポン人として舶来文化の意図することを遺伝子レベルで感じることが出来る唯一の方法なのです。

 

 

 

「yeah. This is a pen」

 

 

「ヨイショ、コレは筆でござる」