まだロックが好き

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まだロックが好き

アラサーです。 ふだんはサラリーマンをしています。 元バンドマンです。 高校から一緒の妻と、2014年に生まれた息子がいます。 趣味でまだバンドをやったりしてます。 まだロックが好きです。 そんな日記です。ブログではありません。 日記です。

他者に怒ることができないのは己自身がやさしくされたいから

日記

 

せんじつのことである。

私はとある企業に勤めて給与をいただき、それにて日々の暮らしをまかなっているんだが、その企業での任務遂行中に問題が起きた。

社会に属する方ならばご存知であると思われるが、仕事と呼ばれる社会貢献活動は他者との折衝により事がなされる場合が多い。よって他者の落ち度がまわりまわって私の問題としてやってくる。今回の問題とはそれであった。

 

この企業で勤務すること数年。さまざまな他者との外交関係を持ち、あらゆる問題解決をはかってきたが、すべてが万事うまくいくわけもなく、下げる頭もずいぶんと軽くなった。それは他者のミスもあるし、私もミスももちろんある。よってすでに私に謝罪に対するプライドはない。のでそんなことはどうでも良い。

 

今回は完全完璧な他者の失敗がまわってきた。

もちろんその他者からは謝罪の弁がなされた。相手も心身ともに発育した大人、節度と礼儀と処世でコミュニケーションは成り立つ。

 

こういったことは実は多々あってそのたびに私は「ははは。そんなこともありますよね。なんとかなったし大丈夫ですよ。」なんて言ってしまう。怒れないのです。叱れないのです。

いちおう顛末書的なものだけ提出させ、体裁はとりつくろうのだけど、人当りはやわらかくしてしまう。

 

 

なぜか?

おそらく、私は恐れているんだと思う。私がミスを犯すことを。

誰しも失策のひとつやふたつ成してしまう。

それを防ぐために確認、チェック、ダブルチェック、トリプルチェック、クアドラプルチェックなどを行うんだが、それでもなんらかのヒューマンエラーみたいなもんは起こってしまう。

そんなときにやさしくしてほしいんだと思う。自分自身が。当事者になったとき。

誰しもミスはある。それを寛容に受け止めるのはじつは怒るのよりラクなんだと感じる。

だって人を許せば、自分も許せてしまうから。

つまり、私はラクをしているんだ。怒らずにさらっと流してしまう。「つぎ気をつけましょう」なんて。

でないと次回の他人との接触時にわだかまりというか、居づらい雰囲気が出てしまったりする。これも自分自身でラクをしているポイントだと思う。

卑怯なんですよ、こうゆうところが。やさしさでもなんでもない。惰性。めんどくさがり。怠け者。ほんとへタレ。

 

そして今回も例に洩れず、オトシマエをつけるため客先に謝罪に赴いた。責任者として、私が。

人を許せば、私も許される。仕事もなんとかなったし大丈夫であろう。

 

しかしそこで放たれる、馬事雑言の嵐。

罵倒、中傷、皮肉、冷笑。

基本的に叱咤はこの4サイクルでなされたが、もはや慣れっこ。馬の耳にねんぶつです。

てかカネだけ中抜きしてなにもしねークセにグダグダ文句を垂れるなんて見上げた根性だな、オイ。くらいは思いました。見上げた根性は私のほうですね。

 

まぁそんなことがあっても心情に任せて憤りを露わにすることが出来ない。

 

あぁ神はいないが、飯はうまい。ゴッドセーブTHE エライ人。南無。

 

やさしくなりたい

やさしくなりたい