まだロックが好き

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まだロックが好き

アラサーです。 ふだんはサラリーマンをしています。 元バンドマンです。 高校から一緒の妻と、2014年に生まれた息子がいます。 趣味でまだバンドをやったりしてます。 まだロックが好きです。 そんな日記です。ブログではありません。 日記です。

息子は春から認定こども園です

日記 育児

 

 怒涛の「保育園落ちた!日本死ね!」ラッシュの中、たいへん申し訳ない。

 息子が春から近隣の認定こども園にて保育される運びとなった。第一希望であった。まことにもってありがたい。

 認定こども園とは、いわゆる幼稚園がやっている保育園、というのがわたしの認識である。幼稚園やってんだから子ども預かれるでしょ?的な政府の苦肉の策である。幼稚園の先生と保育園の先生は資格がちがうはずだが。

 このこども園、去年か一昨年くらいから始まっていると思う。そいつにあやかってみた。つまり幼稚園、教育施設にわが子は行ける、ということだ。

 

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 ちなみに我々夫婦はともに保育園卒業組であった。夫婦そろって実家が貧乏。まったくもって救えない。カエルの子はカエル。貧乏は血脈的に受け継がれる。貧しさのカルマ。貧富の差はさまざまな場面で如実にあらわれる。

 保育園格差というのがかつての小学校にあった、と妻は語る。私は阿呆な鼻垂れ小僧であったので感じなかったが。


 保育園は保育施設であり、幼稚園は教育施設である。

 つまり小学校昇格時、ある程度の学力格差的なものがついていた。そして保育園児は自己主張のあまりできないサイレントマイノリティー。いっぽう、友だちいっぱいな幼稚園組は、わいのわいのと狂喜乱舞のお祭り騒ぎ。今風にいえばパリピ。小パリピ。羨ましかった。幼稚園組はいつも楽しそうだった。私たち保育園組はいつも日陰者。挫折の人生はすでに遺伝子に書き込まれていた、と妻は回想する。

 しかし、そんな不遇の輪廻、貧困の連鎖、敗者の宿命を断ち切るべく息子が幼稚園児と肩を並べる!じっさいはまだ保育園だが。

 ちいさいころに憧れていたあの幼稚園。あの桃源郷にいける。親の無念を子がはらす。あぁ生きていればこんな良いこともあるのですね、と妻は涙ぐんでいた。私は彼女の肩を抱き、悟られぬよう静かに熱い涙を流した。初期費用に10万ほど掛かるからだ。

 

 そんな格差を設けられていた保育園であるが、いつの間にか全国の保護者父兄があこがれる彼の地となっていた。

 

 保育園に入るための活動で「保活」というのがある。これがまたたいへんである。みんな必死である。我々も躍起であった。

 2年前の話あるが、なんとか我が家は保育園にうかった。0歳児保育というのが大きかったようだ。よって運良くいい施設に入園できた。そして今回の転園。運が良い。

 やむをえず0歳児から保育施設に通った。

 だが、これが1歳児からであれば我々もいまごろ「日本死ね」とか叫んでいたと思う。プラカードに日本滅却とか、トランプ反対とか、スマップ解散しないで、とか書いていたと思う。プラカードって古いですか?

 今更ながら、こどもが落ち着いて、産休をまんきつして、1歳児からさて、保育園。なんて人はいないと思う。そんな都合の良い話はない。だいたい0歳児からでも入れない保育園である。

 1歳児クラス。あそこは熾烈な戦闘区域である。イスラム国よりも激戦地である。とびかうのは銃弾ではなく「日本死ね」という罵声ですが。まぁそもそも分母が少ない。

1歳児で保育園に入れるのはおそらく、夫婦が離婚しているか、もしくは姉妹兄弟がいての加算があるか、あるいは公務員加点などがあるか、などの加算がないと入れない。都市近郊にかんしては。

 夫婦フルタイムで働いている。そんな夫婦は巨万といる。だからそれだけの理由では保育園は入れない。とくに1歳児はだ。だから0歳児から応募するか、もしくは2歳時から入る予定で1歳児は認可外にいれて加算をねらうか、をせねばならない。本当に息苦しい世の中である。日本死ね、とかおっしゃる気持ち、すごくわかる。

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 ちなみに我々はさいたま市からの転園である。ここもベッドタウンなので激戦区だ。偉そうに申すが、ひと枠あけてやった。 我々一家はげんざい埼玉県の別の市に転居している。まったくもって見知らぬ土地である。

 なぜそんな場所に?と思うであろう。

 その市には保活における、転園ポイント加算があったからである。いや、まぁ前提として物件がよかったのもあるが。しかし、そういうことも考えて引っ越した。

 保育園がなければ、保育園にはいれそうなところに引っ越せばいい。まさにそれである。しかし就業場所はより遠方となった。苦労はしているが仕方ない。

 

 現在はまだそのさいたま市の保育園に通っている。

 電車通園である。自ら選んだ道であるが、けっこうキツイ。なにせ息子は2歳。オムツはすでにビッグサイズ。つまり15キログラムほどある。抱っこで通園通勤している。妻と私で運搬している。妻にはたいへん感謝している。

 現状のこの徒労に思うことは、かつて話題になった「ベビーカーに寛容であれ」とかいう甘えた記事である。神社がうんたらかんたらというヤツであるが、私たちに言わせれば「抱っこでがんばれよ」である。

 我々、朝はだいたい6時30分に家を出るが、すでに電車は乗車率90パーセントほど。ベビーカーなどもってのほかだ。かといって優先席付近に元気いっぱいな15キログラムの男性を抱擁し、直立二足で電車の振動に対し均衡をとっていても、みなさんぐーすか寝たふり。席なんか譲ってくれない。重い。いや、あの乗車率で席を譲るのもほかのお客さまに迷惑がかかるので別にだいじょうぶだが。

 

これを現在4ヶ月ほどつづけている。二の腕は夫婦ともにいつもぱんぱんだ。できればベビーカー専用車両がほしかった。

 

 そんな生活にもようやくピリオドが打てる。来年度からは徒歩圏内の保育施設。とりあえず、よかった。