まだロックが好き

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夢破れたサラリーマンがおめおめと生きている日記

おもいでケータイというお題が泣けてしかたない

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私はふだん、このはてなブログというブログサービスで日記を書いている。すると「今週のお題目」なんつって、こいつでいっちょ日記をかいてみないかい?と、かかる具合にテーマを提案される。今回はauとの合同企画で「おもいでのケータイ」というもの。

 

そいでその企画趣旨のウェブページ(下記リンク)を拝見させてもらうと「auケータイ図鑑」つって歴代のauのケータイ電話が年代ごとに羅列させられていた。ちなみに私はauユーザーとしてKDDIに15年間世話になっている。なのでこのサイトがやばい。ははは、泣ける。涙腺が死んで、よみがるのはおもいで。って具合です。まじ。

auケータイ図鑑|おもいでタイムライン

 

ちなみに企画の主だった内容は、貴殿のおもいでナンバーワンケータイを発表せよ、とのことだったが、私は「ナンバーワンにならなくてもいい、もともと特別なオンリーワン」を座右の銘として人生活動をしているので、それぞれのオンリーワンなおもいでを振り返ろう。そうしよう。と思いました。

 

C3002K by KYOCERA 

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2001年11月発売。現在三十路のわたしが最初にケータイ電話を手に入れたのが中学3年生のころ。おそらく中学卒業をひかえ、また高校の入学祝いに、と親に契約してしてもらったのがコレであった。

当時はまだキャリア同士でしかショートメール、au的に言えばCメールが使えなかった時代なので、主流はEメール。アドレス教えて!なんて言葉が飛び交っていた時代だった。

またパケホと呼ばれる定額制使い放題もなかったので、Eメールやウェブの使いすぎは御法度であった。

そういや当時モンパチがめちゃくちゃ流行っていた。しかしツタヤにレンタル流通しなかった、なのでモンパチのCDを所有する人材は歩くツタヤと化した。私もそのひとりであった。でもそれでいろんな女の子とアドレス交換したんだぁ。

 

A5401CA by CASIO 

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2003年5月発売。外観にディスプレイのあるデュアルディスプレイが流行っていた。着信があるとそのひとの氏名などがその窓枠に表示される、というもの。当時は画期的であった。

まだこのころはジェイフォンであったか、ボーダフォンになっていたかは忘却したが、その企業がケータイにカメラレンズを施工し、デジタル画像をケータイ内部のデータ貯蔵庫に保管、そしてそれらを電子メールにて送付する、といういわゆる「写メ」が流行していた。「ちょっと写メして送ってよ!」なんて言葉が飛び交っていた。

高校生になった私。じつは1年生~2年生の秋まで、記憶が無い。部活で非道い仕打ちにあっていたので。うーん、過去の情報に強制的にブロックがかかっている。まじ。でもあの日々でメンタルすごく強くなった。これもまじ。

このころからバンドをやっていた。当時わたしはベースを弾いていた。シャカラビとかジュディマリとかのコピバンをしていた。ドラムス担当の女性に好意を伝達されたが、顔面が私の趣向に合わなかったので、菓子折りを持って丁重にお断りした。バンドは解散した。

 

W31SA by SANYO 

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2005年2月発売。ガラケーといえば折りたたみでパカパカするのが正義だ!とそんな空気が流れているが、この時分はスライド式ってのがもっともアツかった。

このころからパケホと呼ばれる定額制のウェブ料金制度が始まったような記憶がある。で、このケータイで私は2ちゃんねるばっかりみていた。ゆえに性格が悪くなった。だからこのケータイが私の人生をもっとも狂わせたケータイであるかもしれない。

パカパカでなくなったので「待ちうけ画面」というのがまるだしになった時期。私は当時の彼女で現妻の写メを待ちうけにしていたので、友人みんなにからかわれた。つまり、このころはまだ俺にも、友達と呼べる存在がいた、ということだ。

 

W61SA by SANYO 

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2008年4月発売。前作とおなじ同じスライド式を採用した。auはこういうちょっとビビットなカラーをチョイスする悪癖が昔からあった。なので私は無難なホワイトや銀を選んでいた。いまだにauのセンスには懐疑的。なんなのあのCM。おじさんはよくわかりません。

すでに上京していた時期。当時私は都営三田線上の北区あたりに住んでいた。大学生をしていたが、バンドもしていたのでめちゃくちゃカネがなかった。いまでもないが。

んで、時効だろうから言っちゃうけど、当時はまだ定期券が磁気カードで、あれって電車、キセルしまくれるのね。移動のときはほどんどキセルしてた。でもしてなかったら餓死してた。米に塩ふって食ってた。

でバンドで共同生活を始めたのもこのころ。そんなセカオワみたいなことしてた。楽しかったけど、しゃもじの場所、茶器の運用、心霊現象などでストレスはマックスであった。

っていうのはウソだけどね。どこまでウソか知りませんが。

 

SH005 by SHARP

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2010年1月発売。パカパカケータイにもどした。薄くて扱いやすいもの、ということでこのシャープのケータイ。ってかスライド式のボタンスイッチの押し難さが煩わしくてこれにしたんだな。色がたくさんあった気がする。

このころはいろいろあった。就職したりバンド解散したり、ってそのふたつしかないけど。でも人生の岐路という点ではでかかった。後悔はめっちゃある。が、続けていても後悔はしていたと思う。つかみ合いのけんかをしたのはこの時が始めてだった。いまでも思い出すとちょっとどきどきする。

 

そしてアイフォーンへ

4S、5Sを使い、いまはアイフォーン7を使用している。いまだにauをつかい続けているが、そろそろ格安シムなんてのに乗り換えようかな、とも思っている。auのCMセンスが私の趣向に合わないので。

 

といった感じでおもいでをちょっと書いてみた。使っていたケータイをみて思い出したことも多々あり、泣けてしかたない。わんわん泣いている。もう涙の大洪水。ケータイがもうびしょびしょ。でもだいしょうぶ。アイフォーン7は防水なので。

 

特別お題「おもいでのケータイ」

 

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