まだロックが好き

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まだロックが好き

アラサーです。 ふだんはサラリーマンをしています。 元バンドマンです。 高校から一緒の妻と、2014年に生まれた息子がいます。 趣味でまだバンドをやったりしてます。 まだロックが好きです。 そんな日記です。ブログではありません。 日記です。

アームレストは下げて帰ってくれ

 

昨今のイス業界は椅子に欄干を付属させることが流行っているようで、だいたい椅子には腕の休息場、通称アームレストなるものが存在する。これはたしかにあると便利なのである。

 

しかしこのアームレスト、使用するさいに問題が2点ある。

 

1点目は私はそんなに問題視してないからさらっと書くけれども、アームレストに腕をおいて会話をするとじゃっかん偉そうにしているように見える、威風が漂う、ということである。

アームレストに乗せる人体の部位は基本的に手首から肘までの部分である。これをアームレストに乗せる、ということはつまり胸を広げるという状況であり、さらには手の甲がだらりと下がり、リラックスふう、畢竟、視点を変えるとだらしなく見える。この体位で上司などと会話をすると、「こいつ俺をなめた態度で会話している」と思われる。ということである。

 

これは実際に私が言われたわけではない。ただ私が新米社員と話していて思った。まぁべつにいいけど。いっぽう私は常に最悪の状況を想定して日々暮らしているのでアームレストに腕を置いて上司と話すことはしない。もしアームレストを使用するならば、アームレストを手のひらで包み込みきつく握り締め、肘は後方に突き出し、腕をこおろぎの足みたいな三角の形態になるようにして前傾姿勢を保ち、上司のありがたいお言葉をちょうだいするようにしている。

 

問題は2つめである。わたしは憤慨している。それが今回の表題「アームレストは下げて帰ってくれ」である。

 

アームレストは伸縮タイプのものが多く普及している。そんな気がする。そのアームレストが高く伸びていると、机の天板部分にちょうどよく接触する。すると以下のようになる。

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机に、はいんないのである。

このアームレストさえ伸びていなければ以下のように収まる。

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ほんらい机と椅子とはセットである。別々にうまれたってのちにツーマンセルを組むのである。だから椅子は机に収めるべきではないのか。刀は鞘に、クッキーはお菓子棚に、カイヤは麻世に、椅子は机におさまるべきではないのか。机に椅子をしまわないなんてお育ちが知れますわ。

 

ではなぜ、かくなる苦言を呈すのか。と問われれば、これには切実な問題が関わってくる。つまり通路に椅子が飛び出してじゃまになる、ということである。

通路に椅子が飛び出してじゃまになる、ということはどういうことか、というと、通路とは読んで字のごとく「通る路」なわけで、これが「椅子置場」であれば私は苦言を呈さない。呈さないし、そこで働くのは椅子職人さんであり、私はなんの技術ももたないサラリーマン。だから「通る路」である以上そこには人間が歩行するわけであって、そうであるならばひと一人が通れる導線というのは確保すべきである。そういったものごとの想定まで教育しないといけないんですか。

 

弊社が狭い、ってことも原因かもしれない。しかしそこれはモラルの問題ではないか。足元には屑籠や資機材ダンボール、さらにその上に資料を積み重ねている人もいる。ただでさえ狭いんだ。そこはおたがい歩み寄っていこうじゃねぇか、と言いたいが、椅子はふつう机になかに収めるもんだ。でないと人が通行できないでしょう。あほか。

 

これはアームレストだけに言及できることではなく、椅子の高さにも言える。なぜならそれらを高くしたままだと机に椅子が納まらないからである。つまり私は椅子はきちんと机に収めて帰りましょう、と言いたい。

 

でもしかし、なぜ人はアームレストを高くしたまま帰るのか。

それはおそらく、そのアームレストの位置というのは個人の中で再考に再考を重ねたマイクロミリメーター単位の絶妙な位置であり、それはまるでブログのカスタマイズのように一度崩したらもう元には戻れない位置であるのであろう。

足がけ3年、ようやく手にしたこのアームレストの位置。来る日の来る日もアームレストの位置に悩まされ、休日だってアームレストのために出社した。もちろん休日手当てなんてでない。これは自己責任なのだ。そうしてある日偶然、なんとなくいい感じのポイントがみつかった。なにをするわけでもない。ほんとうになんとなく。なんたる僥倖、偶然の産物、棚からぼたもち、くだいて言えば超ラッキー。もう一生この位置は見つけられない。だからもう一生うごかさない。ってかむしろもう座らない。って感じで、そう考えると、あー、元に戻さなくてもいいかな、なんて慈愛の心が目覚めてくる。そんな月曜の夕刻です。