まだロックが好き

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夢破れたサラリーマンがおめおめと生きている日記

駅徒歩計算の罠。駅徒歩10分。駅構内徒歩3分。

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東京都内に大江戸線という地下鉄がある。本日そこを利用した。

ずいぶんと地中深部に存在している。よってえらくながい移動を強いられる。これ、このままブラジルまで行っちゃうんじゃない?と思う。地中に国境がないから良いものの、制地中権があるのであれば領土侵犯しているのではないだろうか。でもマントルはどうなんだろう。地底人がいるならそれは大江戸線民のことではなかろうか。あ、あれはマンモスの骨?

 

そんなことを雑然と考えていた。そして埼京線のことを思い出した。

 

かつて埼京線沿線に居をかまえていた。賃貸住宅であった。

埼京線の駅ホームというのは、ずいぶんと地表から離れた場所にある。それはもはや天空の社といっていい具合であり、そびえる支柱にしつらえた駅ホームからの眺望は絶景である。冬の透き通った空気に透明な日差しが舞い込めば、富士の輪郭が望めるほどである。そんな最寄り駅であった。

 

しかし、皮肉だね、悪党ほどきれいな花が咲く。美しさを求めるならば悪しき面に踏みこんでいかなければならないのである。

 

眺望が美しい、ということはそこは高地である。つまりホームが高地であり、ホームが高地とはどういうことか?というと、もちろんそこまで登らないといけない、ということである。

 

改札を抜ける。聳えたつのは巨大な階段型自動昇降機、通称エスカレーターである。「おれに影を落とすとは、なんてぇ見上げた根性だ。おまえなんか登ってやる!」とスシ王子の「おまえなんか握ってやる」ふうに思う。

しかし時刻は朝刻。埼京線の朝は人間で混雑する。並ぶのが好きだねぇ、国民性。エスカレーターに長蛇の列がうごめくのである。

 

余談であるが、エスカレーターの片側を空けるのはこの場合どうなのだろう?とおもう。

なぜならばこれに2列で乗り込めた場合、単純に2倍の運搬量になりこの長蛇の列は多少解消されるのではないだろうか?と毎度おもっている。それはまぁいろんなローカルルール、空気、心霊的理由というものがあるのでしかたないとあきらめますが。

 

箱型自動昇降機、通称エレベーターは、ベビーカー、車椅子、お子様連れのお客さま、その他お身体の不自由なお客さま、という表現をするのはなんだか決めつけで悪しきものだな、とおもっているが、そういった方々の使用のため、避けたい。

 

では階段だ。親にもらった脚があるじゃねぇか。と息巻いて登る。階段ワンセット11段である。駆ける。なんだ30歳行けんじゃん、と思う。しかしまだ彼はこの階段が100段以上あることを知らない。

疲れてきたころ周りを見渡すと、階段を昇降する人はみな白装束の山伏の格好をしていると気がつく。あぁ、これは修行であった。俺は埼京線をなめていた。後悔の念がおしよせるがもう戻れない。なぜなら戻るのにも登った道をくだらなければならないからである。にっちもさっちもいかない。

 

不動産屋はしきりに「駅徒歩10分以内は好立地ですよ」とおっしゃる。

しかし家から駅まで10分で着くとしても、その駅構内でホームにたどりつくまで3分歩かなくてはならない。であればじっさい駅徒歩時間は13分である。ちなみに不動産屋はきほん車移動をするので駅構内のことをしらずに発言する。無責任だな、とすこし思う。

 

不動産の賃料はさまざまな因果で宿命付けられる。その因果のなかに駅徒歩距離というものがある。上記の場合、駅距離の表記は10分であるが、電車に乗り込むまでに必要な時間は13分である。なぜなら高さがあるから。

 

であれば駅距離12分、駅構内30秒みたいなところのほうが賃料は安かったりする。これは私が勝手におもっているだけでデータを取ったわけではない。しかし徒歩10分を越えると安くなるイメージはもっている。駅距離はとおいが電車までのドアドアは実質短くなり、さらに賃料も安価であればハッピーこのうえない。

 

だから私は今、駅徒歩12分、駅構内30秒の立地に居を構えている。

歩くのはいいぜ。