まだロックが好き

まだロックが好き

夢破れたサラリーマンがおめおめと生きている日記

生きることのつらさは他人との比較で生じる

 

生きていることはつらい。そう思う。なぜなら人と比べてしまうから。自分は自分なのに。でもどうしても比較してしまう。人の心は難儀である。それをもっとも痛感するのは電車内で座れないときでなかろうか。

 

人は欲を持している。それは欲求御三家として知られる食欲、性欲、睡眠欲などが列挙されること甚だございますが、もちろんその他もろもろありまして、つまり立っていると疲れるので座りたくなるのです。人はこれを座欲と呼びます。

 

本日、私はすこし早めの電車に乗車した。すると少し早めが功を奏したのか、すこしばかり車内の人口密度がいつもよりも薄く感じた。こういうのをよく「早起きは三文の徳」なんて形容するが、銭よりも精神的にラッキーを得たような心地がして、いつもより朝日が反射する荒川のきらめきが美しく思えた。

 

しかし座れないのが都内の電車。空いている、といっても座席は埋まっている。やり場のない私の座欲は中空をさまようばかり。よって私は吊革を握りしめ直立していたのである。

 

眼下には若い男女のふたり組みがいた。彼らは座欲を満たしていた。彼らの膝前、つまり私と彼らのあいだ余地には通称キャリーバッグと呼ばれる大型車輪運搬式合成樹脂鞄が在を放っていた。

察するに、彼らは修験者で全国行脚中なのか。それとも彼らは渡り鳥と呼ばれる民族で寒気が満ちたら南へ、暖気が満ちたら北へ行くのか。それとももしかして駆け落ちか。なんてなことを考えていると、まぁ彼らの会話から推察するに旅行のようであった。

 

すると私の心に突如、羨望、嫉妬、憤慨、嫌悪、悲哀、傷心などの各種不快感が生じた。

 

これはなぜかというと、つまり、彼らはこれから休暇をエンジョイしに行く。いっぽうの私は業務に勤じる。彼らはこれから温泉なんかに浸かって日ごろの疲れを脱色したりする。いっぽう私は会いたくもない人間にあったりして心が黒くなる。彼らは各地の名物なんかに舌鼓を打ちストレスを解消しにいく。いっぽう私は精神的体力的に疲弊し鬱積が貯蓄される。なのになんで俺が立っていてお前ら座ってんだよ。ということである。

 

しかも、である。世間様はみんな労働しているのになんたる傍若無人か。と思うのは、奴らはこの平日にあえて休みを合わせ、人口の少ないなか悠々自適に休暇を享受しようという権謀術数の一計を案じたわけである。なんとまぁきな臭い心持ちであろうか。

 

でもこういうとき思う。自分の心に肯定心を投擲する。つまり今日私は働いている。ということは、私はえらい。よく店舗側が「お客様は神様です」なんてフレーズを使うが、それはちがう。なぜなら働いていない人よりも働いている人のほうがえらいのである。だからみんなが休暇している時に労働に従事しているあなたのほうがえらいのですよ。神はあなたです。南無阿弥アーメン。じゃなくて、大盛りラーメンひとつ。といった具合です。

 

なので本日限りで言えば、私はあなた方よりも偉人である。今日働いていないあなた方はつまり暫定無職。こんなところでカーストを持ち出すのも無粋であるが、無職よりも正社員のほうがえらいのである。たとえ私のような丁稚であってもである。

 

なのに。あぁそれなのに。あなた方が座していて、私は起立している。どういうことでしょうか。偉人と愚民の待遇がまちがっていませんか神さま。

 

なるほどしかし納得するのは彼らは暫定無職。つまり貧困層。だから私よりも下京した立地にしか住居を構えられないのであって、だから私が電車に乗る前に電車に乗って座っていられるのである。疲れるけれども誇りで勝利する。

 

弱きを守るのは強きものの宿命である。だから社会的弱者の彼らを座らせて、私は立っている。これはそうか。正しい社会の縮図ではないか。偉人は偉人たるアティチュードを守らなければならないのである。えらいってたいへん。他人が休んでいるときに自分が働いているとどうも心が鬱屈してしまう。いかんいかん。自分を律さなければ。なぜなら私は偉人だから。

 

と、思ったところで脳裏をよぎるのは「黄金週間」という言葉であった。みなさん9連休ですか。なるほど大企業にお勤めですね。富裕層じゃないですか。あ、私みたいな零細企業勤務は今日も仕事ですよ。あはは。なんかすみません。ちなみに明日も仕事です。生きることはつらい。

他人と比べない生き方

他人と比べない生き方

 

今週のお題「ゴールデンウィーク2017」