まだロックが好き

まだロックが好き

おめおめと生きている日記

普通になりたかった

 

普通ってなに?ってなりますが、個人的には「みんなといっしょ」ってことだと思っています。しかしその答えは人それぞれにあると思います。立場観点によってその答えが違うと思います。上から見れば謙遜であって、下から見れば憧憬です。私は普通に憧れをもっています。

 

ふだん私の日記は口語敬体ではないのですが、いつも読んでいただいている御仁方からいただいたその質問に応対したく、本日はかかる文体を採らせていただいています。

 

「普通になりたかった」という表題で始めましたが、私自身はずいぶんと普通です。自分ではそう思っています。これに関してはいささかの謙遜で言っています。もちろん僥倖もありますが、けっこう器用なほうです。実務的な勉学や運動で苦労したことはあまりありません。でも熟女は好きです。色は年増にとどめさす、といいますのでこれは普通でしょう。

 

ではどんな普通に憧れているかというと、家庭環境です。私は母子家庭で育ちました。貧困家庭でした。何度か日記に書いています。

 

しかし私は母子家庭を恥じてはいません。なぜなら私はロックミュージックという音楽ジャンルが好きだからです。たいていのロックミュージシャンは家庭環境に艱難があったりします。そこから生じた悲しみやコンプレックスを歌うのが格好良いと感じたのです。

 

だから私は母子家庭という環境、そこに身をおいていることを好機だ!と捉えました。生まれながらにしてアウトサイダーじゃん!などと思っていたのです。大仰ですね。

 

私はバンド活動を仕出しました。高校の学徒であった時分からです。首都に参じたのもバンド活動をしたかったからです。バンドメンバーで借家をしてました。「あわよくば」なんてな天佑神助に媚びることない活動だったと思います。大学のサークル活動などは無縁な人生でした。普通とは疎遠だったかもしれません。

 

時が経ち、当時の彼女、というか今の妻は就職しました。友人は周囲におりませんでしたが風の便りとはどうしてこうも耳障りなのでしょうか。かつての学友はもちろん、みな就職したという情報は知っていました。

 

しかし、そこに曖昧な安心感を見つけてしまったのかもしれません。

友人知人は将来を見据えている。彼女も働いている。いっぽう私はうだつの上がらぬバンドマン兼フリーターです。しかし私はその情況をすこし楽しんでいました。葛藤している自分が愛おしかったのです。「悩んでいる俺かっこいい」という心地良い焦燥でした。ライブハウスにいる自分が本当の私だと思っていました。そこにはそんなが輩がたくさんいたのです。それがその閉じられた世界での普通でした。

 

思えばロックバンド、とくにパンクロック、オルタナティブロックに傾倒したのも「普通になりたかった」からだと思います。

パンクロックは貧乏人の叫びです。パンクロックの輪の中に入ってしまえば私の貧困家庭も普通になります。みんな一緒だからです。クラッシュは売れてもずっと電車通勤だったらしいですね。

オルタナティブロックはコンプレックスの音楽だと思います。スマッシングパンプキンズというバンドが好きですが、ビリーコーガンが抱くコンプレックスに比較すれば私のコンプレックスなど普通です。比べるものではないですが。

でもしかしそこに入ってしまえば、こんな私でもみんなと一緒になれるのです。

 

そんなバンド活動も終息させました。発端というのはありました。金の問題です。メンバーのひとりが奇怪な投資ビジネスにバンド貯金を運用してしまったのです。ビジネス書などを何冊か購入しセミナーなどにも登録していました。当時の日本通貨で50万円でした。金を増やせば音楽活動がたやすくなる!と言っていました。私は頭に血が昇りました。

 

おそらく本人は早く上がりたかったのでしょう。気持ちは汲み取れます。金はなんとかなります。ただ信頼というのはどうしてもなんともならないのですね。

 

しかし、これはただの糸口です。ちょっとした綻びです。その綻びを引く意志は私にあったのです。私の腹の裏のほうでバンドを終わらせたい思いが渦巻いていたのかもしれません。本当に続けていきたかったのならば続けることだって出来たし、新しくメンバーだって探せたのです。

 

言うなれば私は、もっと一般的な普通になりたかったんだと思います。

普通に働いて、普通に家庭をもって、普通に生きる。かなり敷居の高い人生です。

なぜ普通になりたかったかというと、今の妻と結婚したかったからです。妻と一緒に生きていきたかったのです。自分のバンドの能力に臨界点を見た、というのもあながち間違いではないです。だけど根底にあるのは、やはり、ずっと妻と一緒にいたい、ということだと思います。

 

もしもバンドを続けていたとしても、妻はもしかしたら私と結婚してくれたかもしれません。しかしそれは妻に普通ではない人生を歩ませることになります。そんなとき、ふと思うのです。

もし私が母子家庭じゃなかったら、どんな人生だったのだろうか、と思うのです。もし母子家庭でなければもうすこし普通の人生を歩むことができたのではないかな、と考えてしまいます。もっと違う音楽を好きになっていたかもしれません。もっと他にやりたいことが発見できたかもしれません。環境って本当に人生を制限させると思います。

 

じつは私はべつだん子どもが欲しかったわけではないです。しかし妻は欲しかったみたいです。たしかに私の憧れる「普通」という理想郷でも子どもは必須条件でした。

 

子は親を選べないのですね。もし私がバンドを続けていたとして、私が自分の信念、やりたいことを貫いたとして、そんなとき子どもができたならば、子どもにどんな人生を歩ませてしまうのだろうと考えてしまいました。バンドで成功するのなんて現実的ではないです。たしかに続ければある程度までいける世界だと思います。しかしそこまでいくのに羨望していたこの普通の生活は捨てられませんでした。

 

バンドを続けていればそんな後顧の憂を残すことになります。たしかにカッコいいパパというのはやりたいことをやっているパパだと思います。私は仕事が嫌いです。同僚に失礼ですが誇れるような仕事でもありません。頭を下げてばかりです。でも私の人生を懸けて妻と子が普通の人生を歩める手助けができるならそれでいいです。本望です。死にたくはありません。私は私の家族とともに目指すべき輝ける普通の生活のなかで生きていたいからです。

 

もし子どもが大きくなったとき「普通の家庭で育った」と言えるようにしたいです。そして家庭の環境で彼の普通に選択できる人生を狭めてほしくないです。お金はありませんが妻にも少しくらいおいしいものを食べさせてあげたいです。それが私の抱く理想の普通だからです。

 

今回このような回顧録を記載したのは、いつも読んでくださっているきのこあたま様からのご用命がきっかけでした。

本当はもっとちがう形で書こうと思っていたのです。しかし考慮をめぐらせるうちに今回の「普通になりたかった」という発見がありました。

そんなキャンディーズみたいな感じでバンドを辞めたのです。滑稽ですね。その程度だったんだと思います。私は一生ロックな人になれないと思います。ただのロックが好きなおっさんです。

でも私は普通でいたいのです。それはあまり普通でない環境に育ったからなのかもしれません。普通に生きるのは難易度がたかい時代です。でも今の俺ならがんばればなんとかなると思っています。

現在なんとか普通に生きていけていると思っています。家も買って子どもも育ててます。しかし、いつこの均衡が崩壊しても不思議ではないです。恐怖をいだいています。保険を上乗せしたいです。でもなんとかやっていくしかないと思っています。後悔がないわけではありません。だけど幸せです。長くなりましたが以上です。自分の気持ちも整理できた気がします。きのこあたま様に感謝を込めて書きました。はてなの人でないので言及ができませんが、いつも読んでいただきまして、本当に、ありがとうございます。

「普通がいい」という病~「自分を取りもどす」10講 (講談社現代新書)

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