まだロックが好き

まだロックが好き

おめおめと生きている日記

もう誰もLinkin Parkにはなれない

 

saosinというアメリカのバンドが好き。それで最新作を聴いた。

最新作といっても去年のものだけど。それ、ボーカルが代わっていた。

アロング・ザ・シャドウ

アロング・ザ・シャドウ

 

 

このへんはややこしいので端折りますが、やっぱ端折りません。

1代目のボーカルはアンソニーという白人男性だったんですね。

しかし彼は中途で退団。2代目のボーカルはコーフというこれもまた白人男性だったのですが、そのコーフが2枚ほどCDを残して退団。今回のアルバムでは他のボーカルに代わっていたんですね。

じゃあ誰に代わったか、というと1代目のアンソニーに戻っていたんですよ。

ここで私がすごく途惑うのは、これを1代目というべきなのか、時系列的に3代目というべきなのか、ということですね。まぁどうでもいいですけど。

 

アンソニーとコーフの声は似ている。といわれている。

だけど声紋判別すればぜんぜんちがうし、私もやはりちがうく聴こえる。

 

アンソニーのほうが粘る。対して、コーフはさっぱりとしている。

アンソニーは腹の底から出した声をそのまま喉のところで人力の歪みのエフェクターを咬ましてギャアと叫んでいる。だからローやミドルに芯がある。

コーフは声を息を、いったん頭のてっぺんまで持っていって、それを空気的に口から吐き出してキーンとしたボーカルをしている。ハイが強くて声が高い。

 

もっとわかりやすく書くとギターを例に出したい。

 

アンソニーはストラトキャスターのローズウッド指板だと思う。

ミッドとローに芯のある粘る歪みがおいしい。

 

対してコーフはメイプル指板のストラトキャスター。

高音の立ち上がりが気持ちよくハイが美しい。

 

これ以上の例えはみつからないほどの例えだと思う。

 

私はどちらも好きなだなぁと思う。

でも時代を変えてしまう声というのは粘っていることが多い気がしている。

ジョンレノンとか、リアムギャラガーとかカートコバーンとか粘ってないですか。

 

それで思ったのがリンキンパークのことだった。

 

頃日。ボーカルのチェスターが自決した。

衝撃だった。妻も「うそ!?」と言っていた。

チェスターはいろんな声が出せたけど、本然として彼は粘った声だったな、と思った。

 

私の個人的な見解だけど、リンキンパークには誰でもなれる、と思う。

こんなことを書くと怒られるかもだけど、リンキンパークのメンバーは代替が利くと思う。曲の演奏ってぜんぜん簡単。サウンドメイクはすごいと思う。耳心地がすごく良い。個人的にドラムはコンパクトでまとまりのあるドラミングで素敵だな、と思う。同期している部分もあるんだろうけど。でもやっぱ演奏や曲のフレーズメイクなどはとりたてて言うこともないし、簡単なバンドだと思う。

 

けれども誰もリンキンパークになれなかった。

それはやっぱりチェスターベニントンというスペシャルなボーカルがいたから、だと私は思う。誰もチェスターみたいに歌えない。だからチェスターがリンキンパークだったんだと私は思う。

 

シャウトという用語が好きではなくて、でもわかりやすく表現するためにシャウトと記載するけれど。チェスターのシャウトは色彩豊かだった。

ハイブリッドセオリーという彼らの録音盤に「A place for my head」という曲があるけれど、あれでチェスターの歪みの音色がたくさん聴けるきがする。メテオラの「Faint」もそうだけど。でもテキサスのライブの映像盤でみた「A place for my head」はまじですごかった。

 

とくにディストーションというよりはオーバードライブ気味の荒めなフラットなシャウトがほんとにすごいと思う。めっちゃコンプかかっているけど。

彼はいわゆるディストーション、オーバードライブ、ファズの使い分けができていたボーカルだと思う。

Live in Texas [DVD] [Import]

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リンキンパークという存在はひとつのロックの区切りだったと思う。

90年代がニルバーナなら、00年代はリンキンパークだと思う。

上記ふたつに通底するのは、単純な演奏と、時代を払拭する楽曲のすばらしさと、粘る歪みを持つ圧倒的ボーカルの存在だと思う。カートコバーンはなんであんなに地声が歪んでいるのだろう。めちゃくちゃかっこいい。

 

私はリンキンパークは好きだけど。

ってゆうかリンキンパークが嫌いな人は少ないと思うけど。

熱狂的なファンではないので最新作が良いとは思わないけれど。

One More Light

One More Light

 

 

彼らの音楽は基本的に一般受けするわけで。

だからみんな好きなわけだけど。

それがあらぬ方向に行くとみんな「変わっちまった」とか言うけれど。

でも、みんなが好きになった時点、それはおそらく「ハイブリッドセオリー」や「メテオラ」だと思うけれど。

その時点でリンキンパークというのは「平明さ」と「キャッチーさ」を追求していたと思うわけで。

だからその本質的な部分て私は変わっていないと思う。

だから「numb」や「shadow of the day」なんてあったわけだし。

それらもチェスターの歪まない美しいクリーンの、ほんとうの甘くて優しくてすこし粘るチェスターの声を活かすためであって。

それはリンキンパークの万能性なわけであって。

でも世間は「Given up」のようなものを求めているようで。

世間との齟齬というのは難しいな、と思う。

いまは、もう誰もチェスターのように歌えない。

だから。

Meteora (Bonus Track Version)

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