まだロックが好き

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夢破れたサラリーマンがおめおめと生きている日記

息子が私のことを名前で呼ぶのですが、どうすればいいと思います?

 

タイトルがヤフー知恵袋みたいになってしまった。

 

2歳10ヶ月。男性。

私には一親等の血縁家族がいる。

 

そんな彼が頃日、私のことを「ゆう」と呼ぶ。ちなみに私は彼の父親であり、本然として「パパ」や「おとうさん」と呼ばれるべきではないかな、と思っている。庶民の感覚で行けば。

 

ではなぜ「ゆう」と呼ぶのか。それは妻が私を「ゆう」と呼ぶからであり、息子がそれを転合しているのだと思われる。

 

ではなぜ妻が私を「ゆう」と呼ぶのか、というと私は画数を最大限考慮した神仏の恩恵を無窮に受けられる最高にハッピーな名前「ゆうすけ」という名を天啓により授かったことから起因させられる。けっして「you」という意味ではない。

 

父子の親とも言うが、長幼の序とも言う。ファーストネームで呼び合うのは親愛だと思う。しかし孝を尽くしてもらうにはやはり敬意をもってほしい。だからやっぱ息子が父親を名前で呼ぶのはよくないのか。

 

しかしこの状況。もし息子が娘だったらアリなのかもしれない。と思ってしまう。父親を「よっちゃん」とか「かつくん」とか呼んでいる閨秀がいることを知っているからである。

 

しかし、いかな閨秀であっても血を分けていただいた父に対し、軽んじたニュアンスを発表するニックネームなどで呼称するのもどうなんですか?いいんですか?

 

いいんです。女人は可愛ければ許されるのです。どんな過失を犯しても嬋娟たる美女、それは誰もが振り向くような、だれもが恋をしてしまうような、そっと抱きしめたくなるような愛嬌を携えていれば、情状酌量ののち無罪放免とされるのです。可愛いは才能です。

 

だからまぁ女性が父親を名前で呼ぶのはなんとなくアリだな、と思う。仲良しなんだな、なんて夢想してしまう。ってゆうかそんな家族ちょっとうらやましい。

 

つまり問題は子が親を名前で呼ぶ、ということではなく、私の子どもが男である、ということではないだろうか。と思いました。

 

近年。男性にも「かわいい」などと言う不届きな風潮がありますが、なんという頽廃でしょうか。男とは本然、戦う生き物である。だから断じて、外見の愛嬌などで現状を取り繕い、相手を瞞着して情に訴えかける、なんてことはしてはいけないのです。

 

「男らしく生きる」これは男が男としてその性を認めたうえで、とても大切なことだと思います。男は忍耐の生き物です。可愛さなどで人生を誤魔化してはいけないのです。たとえ隣で可愛い女子が紅涙をしぼって酌を量られようと謀っていても、男子たるもの黙って罰を受けるのです。それが男の美学なのです。

 

だから私は言いました。今後、可愛さなどで男としての人生を守らないようにです。いいかい。パパのことはちゃんとパパとお呼び。それが親子というものなのだ。パパは息子と呼ばないけれど、社会とはそういう理不尽なものなのだよ。だからもうパパのことを「ゆう」と呼んではいけないよ。わかったかい。

 

後日。息子が私のことを「もちづきパパ」と呼びました。そういうことじゃないんだけどなぁと思いましたが、とても可愛かったので許しました。そしてコアラのマーチをあげました。いっしょに食べました。そんな姿も可愛かったです。

ちゃぶ台のちゃぶって何だ?: ヘンな「呼び名」のおかしな由来 (KAWADE夢文庫)

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