まだロックが好き

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夢破れたサラリーマンがおめおめと生きている日記

保育園であいさつしてこない人

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保育園に息子を送っている。毎朝。だいたい同じ時間に登園している。すると。運命的に、というか必然的。というか星のめぐり合わせ的に、顔を合わせる保護者は同じになる。

 

私はもちろん「おはようございます」と人びとに言う。たとえ子どもの年齢が違ってもだ。同じ施設に通うものとして、礼節を重んじたい。言えばみなさん返答してくださる。しかし。ふと。気がついてしまった。いつも私からあいさつをしている。と。

 

私はなんて傲岸不遜な人間なのだろう。人間には貴賎がある。その賎のほうに帰属するこの私が、貴人様に対して「なんでいつも俺からあいさつしてるん?」と思ってしまったのである。神よ、こんな私をお赦しくださいますか。

 

と、思ったので我が細君に相談し申した。「恥の多い人生を送ってきました。そんな私がまたひとつ羞恥に耐えぬ思惟をしてしまったのです。かくかくしかじか」と。

 

そしたら。我が細君は大卒だ。しかも四年制。やはり閨秀。明晰な答えを私に陳述してくれた。以下である。

 

「保育園という施設はお金をはらって子どもを預けているところですよね。ということは預ける親というのは顧客、カスタマーなのです。あなたはコンビニでカスタマー同士であいさつをなさいますか?しないでしょう。そう思っている人もいらっしゃるのです。」

 

頭のわるい私にもわかりやすいように平明な口語で話してくれた。ついでに細君はこうも言った。「いちど、あいさつなさらずにしてみたらいかがでしょう」すてきなプレゼンだった。

 

明くる日。私は眦を決してお口にチャックをした。こらえきれぬ挨拶への衝動を押し殺した。そして子どもの世話をするふりをして毎度顔を合わせる人びとをピボットしてかわしたのである。そしたらなんと。

 

やはりあいさつをしてこなかった。なるほど彼らは保育園のカスタマーだった。

 

思えば、彼らにあいさつすると、なんだかいつも眉を顰めたような顔をして、胡乱なものを一瞥するように、そしてなによりその声は喉をちいさく震わせるようにして「おはようござ」みたいな感じだったなぁと思った。

 

そうか彼らは無理やり私のあいさつに付き合ってくださっていたのですね。はは。俺はなんて罪深き人間なのでしょうか。よかれとおもっていたことが相手の望まぬことだったとは。なんて傲慢な拙劣な迂愚な素っ頓狂だったのでしょうか。

 

もちろんいつも明るくあいさつをいただける御仁もいらっしゃる。そういう人は双方いい感じに「おはようございます」を言い合える。なんだかチームのような気がしている。

 

しかし、子どもの手前上、っちゅうか、子どもの手前上じゃなくても「あいさつ」って大事じゃんね。もしかして朝が相当忙しくて、私なんかと挨拶をかわすそんな須臾の間でさえも惜しい、とおもうのか。あるいはあいさつに必要な空気を吸うための横隔膜を蠕動させるカロリーがもったいなのか。

 

よくわかんないけどさ、子どもが傍にいるのならあいさつしようぜ。って言う愚痴の日記です。いや、いいんだ。もしこれが俺一人なら。ってゆうか挨拶は大事だけど、おれ一人だったら挨拶なんかせんし。むしろ殴ったっていいよ。後ろから蹴ってもらっても「あはは…いたいなぁ」で笑って済ます人ですおれは。

 

いやそんなことを思う卑小な人間だとばれているのか。「こういう人とは付き合わない」という高等教育を幼少期からなさっているのか。素晴らしい。子どもの知能は3歳までに決まるといいますもんね。私とは人間ジャンルが違う天上人ですね。大儀をもった教育論です。でもそれが教育というのならば俺の子どもは馬鹿でもいいわ。家に帰って知育でもしてろ。

 

と思って今日もその人びととすれ違いました。私は。それでも。

あいさつ (はじめての絵本たいむ)

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