まだロックが好き

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夢破れたサラリーマンがおめおめと生きている日記

母子家庭と喘息が教えてくれたこと

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シングルマザーという家庭で育った。貧困家庭だった。喘息ももっていた。主よ、いったいどうして私にこれ以上の苦しみを与えたまうの。と、思ったが、それでもぼくはげんきです。

 

母親はあまり勉強してこなかった人だった。頭の好い人だとは思う。しかし県内でも指折り屈指の、不良の伏魔殿と呼ばれていた高校で女番長をしていた。と風説を聞いたことがある。そして授かり婚で結婚し、離婚している。ロイヤルストレートフラッシュみたいな人生だと思う。

 

そんな母に教えてもらったことがある。それは言葉で言われたことなどではない。その姿勢から私が勝手に汲み取った。それは「この運命を言い訳にしてはいけない」ということである。

 

貧乏長屋に暮らしてはいたが、必要なものはすべてそろえてくれた。他の子と同じように新品のものを調達してくれた。衣類の小売をしていたので、服飾はしっかりしたものを設えてくれた。まぁ祖父母の力は壮大だが。それでも母は尽力してくれていた。

 

母は矜持をつよく持っている人だと思う。金がなくても「母子家庭だから」を言い訳にしたくなかったのだろう。不憫な思いをさせたくない。それはどんな親も抱く腹積もりであるが、えらんだ運命がゆえに、より強く思っていたのだと思う。

 

だからと言って私は甘やかされて育ったという記憶はない。自分自身では甘い人間だと思っているが。そのひとつに喘息という病魔に抗った記憶がある。

 

喘息という病魔はとにかく呼吸ができなくて苦しい。ふだん7くらいで呼吸している。そして深呼吸だと10呼吸する。みたいな感じで考えると喘息が発動したときには0.5くらいしか呼吸ができない。私はこれで何度か病院に宿泊したことがある。

 

学徒の時分。持久走という過酷なレースを開催される。これは喘息ユーザーにとって命がけのサバイバルレースに変貌する。しかし母は私を喘息で休ませることなどしなかった。

 

体育のときはいっつも最後尾から2番手とかそんなものだった。ちなみに私はほかの体育はほどよく出来た。しかし長時間走駆すると肺胞が活性化され、ねむれる喘息が覚醒する。0.5くらいしか肺胞のメーターを使用できない。なのにそれでも疾駆するのは、まさに決死の覚悟だった。

 

それでも母は「あきらめてはいけない」と言った。

 

いま鑑みると、母自身の己の困窮した現状を、私の喘息に投影していたのかもしれない。あきらかに拙劣な身代で、それでもさいごまで走らなければならない。喘息だから持久走はやらない。母子家庭だからあれこれしてやれない。そんな言い訳をしてはいけない。

 

たしかに母は自身でえらんだ棘の道である。かたや私は先天的な内毒である。しかし、だから、そんなことを言うんじゃない、ということである。選んだにせよ、内在的なものにせよ、淵源がなんにせよ、この現状を嘆いてばかりじゃいけない。

 

仕合わせという幻想には、いつも他人との比較が前提としてある。それでも、他人よりも厳しい状況でも、決してあきらめてはいけない。投げ出してはいけない。自暴自棄になってはいけない。状況を言い訳をしてはいけない。走り抜くことで絶対にゴールすることはできる。どんなに劣った現状でもやれば必ずできる。

 

親としてはここで「喘息だから持久走はさせない」という人もいるだろう。それはとても正しい選択だと思う。でも我が家の場合、そうしてしまうと母が自分自身「母子家庭だからそれはできない」を諒解させてしまうと思ったのだろう。それを認めてしまってはいけない。しかし親としてはなにが正しい選択なのかはわからない。

 

喘息に持久走は剣呑である。だからだろうか。持久走大会などでは母は仕事を抜け出して観覧に来てくれていた。そして私の結果である三ケタの番号が振られたカードを見て、とても褒めてくださった。

 

なにかと言い訳をすることはできる。私の言葉はいつでもこの身を擁護する。今、時代はそれに寛仁大度である。気合いや根性でなんとかならないこともある。それでもだからといってこの天命、宿命、星々のめぐり合わせを言い訳にしない。そんな美学もあると思う。美学で死んではもともこもないが、それでも私はなにか、夢寐にも忘れない、とても大切なことを学んだ気がしている。

「言い訳」をやめるといいことがたくさん起こる! (王様文庫)

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