まだロックが好き

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夢破れたサラリーマンがおめおめと生きている日記

GRAPEVINE「ROADSIDE PROPHET」に感じた日本のロックバンドの幽玄

 

グレイプバインという日本のロックバンドがいる。デビューして20周年。そんな彼らのロードサイドプロフェットというアルバムが出たので聴いた。とても良い。すごく好き。私は劈頭、ロックバンドってこんなに幽玄なんだ、と思った。

 

「はじめにリズムありき」。どっかで聞いたことあるフレーズをハンスフォンビューロー という異国のフィルハーモニー楽団の指揮者が言ったのだけれど、ほんとそう思う。音楽はリズムが大事だな、と思う。ロックなんてノれりゃ良いし。

 

と思ったが、俺はなんて浅はかなんだ。リズムはノるだけではない。リズムとは呼吸だ。感じるものだ。そんな単純な律動のためのものではない。現行のグレイプバインは、その呼吸が駘蕩。個人的にアップテンポというものはBPMが140以上だとおもっているが、そのアップテンポが少ない。なによりものすごく寛仁大度に拍をとっている。なのに。ああそれなのに、ものすごく切迫してくる曲も作る。なんなんだこの人たち。

 

ロックバンドであるかぎり、首をふったり、腰でグルーヴを感じたり、踊りを舞ったり、そんな身体的な作用も必要とする。そういう曲はもちろんこのアルバムにもある。でもグレイプバインが、ロードサイドプロフェットが訴えかけてくるのは身体ではなく、精神だと思う。

 

それはきっと舶来ものである「ロック」という反抗の音楽に対する反抗。コーカソイド、ネグロイド、モンゴロイドという人種間に横たわる原子レベルの大きな壁、遺伝子を払拭するための手段。グレイプバインの幽玄な、超俗的な音楽にはそんな日本の本当のロックがある気がした。

 

1曲目の「Arma」はシングルで事前に聴いていた。この曲めちゃくちゃメロが強い。Aメロ、Bメロまったく隙がない。妥協が一切無い。そしてサビの半音を経過していくような亀井亨然とした稀代のメロディ。私はふだん音楽の歌詞についてどうのこうの言うタイプのブログではないのだが、このArmaに関しては、なんだかとっても嬉しい歌詞だった。これからのバインを歌っているような。しかしその実、いままでの作品の、答え合わせのようなフレーズが散りばめられている。そんな気がした歌詞だった。ゆったりと鷹揚に構えたテンポに凱歌として鳴るラッパは豁然。大人の祝辞。でもはしゃがず、先へと眼差しを向ける。そんなものを感じた。

 

すこし冷たいかんじのする「ソープオペラ」という曲が2曲目にある。冬を鳴らすようなシングルコイルの音が絶妙なバンドだな、といつも思う。この時季にでたから秋風のような涼風が頬を掠める。ギターのノイズでさえフレーズとして入れてしまうのが、ギタリスト西川氏の素晴らしき才だと思う。撥した弦、その前の弦に触れた音でさえ、所作そのものがフレーズになってしまう。「間」のとりかたが圧倒的。そしてなによりもギターソロの素晴らしきメロディ。弦を滑る音階の流麗は、ギターという楽器でしか鳴らせないたったひとつの真実のような音だな、と思う。

 

3曲目「Shame」のサビは80年代のニューロマンティックのようなポップなダサさがカッコ良い。なにより田中氏のボーカリゼイションは一聴すると日本語なのか、英語なのか、わからない。なんだか彼らが聴いてきたなつかしの音楽を諧謔味をもっていれました、というような感覚が湧く。めちゃくちゃ好き。

 

幽玄とはこういうことを言うのだろう、と思うのは4曲目「これは水です」だった。ことばのリフレイン。鷹揚なストリング。でしゃばらないバンジョー。音が、まるで絵画のように色彩を埋めていく。ひとつひとつていねいに筆を重ねるような。そんな感覚が沸き起こる。できあがった静謐な音楽は、雅致のある至高の美術品のようだと思った。

 

なんといってもこの5曲目の「Chain」だと思う。音は置いてくるものなのだな、と学問する。フィンガーピックでやわらかく鳴る象徴的なフレーズ。主旋律だけはあがるけれども、安閑なその演奏は乱れることなく。機能美。とでも言いますか、必要な音しか鳴っていない。今流行の音楽はものすごく音を詰め込んでいる。そのアンチテーゼなのか、必要最低限の音。滾々と湧き出た楽曲のアイデアを詰め込まず、最小で最大の表現をするバンドだなと思う。

 

それは9曲目の「世界が変わるにつれて」でも思う。必要最低限の音。このさびしさ。音楽のサビは爆発するものが多い。グレイプバインのサビはかくなるサビもあるが、日本が情緒に抱く静寂と奥ゆかしさ、それは幽邃だなんていわれるけれども、そういった「寂び」ではないか、と思ってしまう。音の存在を互いに必要としているような。すべてに意味を見出してしまう俳味、世界観がある。

 

世界観の完成というポイントでは7曲目の「楽園で遅い朝食」がすごいな、と思った。この曲は完璧だな、と思ってしまう。タイトルから一貫してしまっている。いなたいブルージィなギターが感情的なギターソロにかわる。一遍の小説のような空間をひろげる。決してカラフルな色彩ではない、なにか沈んだ世界のような冥い色味があった。

 

なんなんだ! と思うのは「レアリスム婦人」という6曲目で。軽快なテレキャスティックなカッティングから、サビの四つ打ちで切迫してくる。メロディが肉薄してくる。しかしそれも大仰な絢爛豪華なド派手なサウンドではない。ふたつのギターの緊張感。徹底するベースのルート的演奏。ひらたく主張しないドラム。要所で水際立つのはキーボードの電子的な音。そして、この弓なりの緊張を一気に解くかのように瞬間に迎える終焉。好きになってしまう。

 

「The milk (of human kindness)」という8曲目は彼らの原点なのだろうか。暗くて重くてミドルテンポ。そしてボトルネックのギター。これもまたブルース的なアプローチに、塵埃のまじった風が一陣、吹き付ける。綾羅錦繍になりきらないバンジョーと、不安定なサビのベースのコード感とで作り上げたのは、余燼が立ち昇るアメリカ南部の空間だと思った。

 

緊張感と、深い森のなかにあるような陰翳と、暗い風。それが「こめかみ」という10曲目に顕在している。マイナー調という音学の枠をこえた音楽が持つ空間を支配するような力だと思う。バインのもっとも得意とするごとき、陰鬱な灰色の光が炸裂している曲だと思った。端的に言えば、くっそかっこいい。

 

そして私は安心した。楽しげで、にぎやかな「聖ルチア」という曲があってよかった。シングルにもなった「Arma」で「まだこれからだ」「20年なんていってらんない」ふうの体裁を放っていたグレイプバインが「でもやっぱうれしい」と言っているようで、なんだかほっこりする。完成された楽曲群のなかに、この肩の力が抜けた演奏。頭打ちの跳ねるリズム。好い感じにてきとう感があってほんと好き。楽しげでなんだかうれしくなるような曲だった。

 

バンドも年齢を重ねる。そのなかで自分たちがいまいちばんかっこいいと思えることを、聴き手におもねらず、敢行できる粋な姿勢があるバンドだと思う。このグレイプバインというバンドは。ロックは若者の音楽だが、大人が大人のためにロックを作るのもいいじゃない。そう思わせてくれるバンドだと思う。

ROADSIDE PROPHET(20th Anniversary Limited Edition)

ROADSIDE PROPHET(20th Anniversary Limited Edition)