まだロックが好き

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おめおめと生きている日記

電車の運賃は体重によって決めたらどうか

 

伊集院光というラジオの人が、「運賃を二人分払うから座席をふたつ使いたい」みたいなことを言っていた。彼は体躯が巨く、またそれによって他者に迷惑をかけることに、うしろ暗い思いを抱いているという。でもいま、彼、けっこう痩せたらしいですね。

 

そう思ったのも、過日。電車に巨漢がのっていた。だぼだぼのティーシャツに、スリムな女性ならば片方の足にすっぽり全身が入ってしまいそうな、大きな大きなジーパンを履いていた。たぶんアメリカで買っている。もしくはサカゼン。

 

公共の乗り物なので、だれしもに乗車する権利はある。かくいう私にだって乗る権利はあるんだ。しかし、問題は彼が座席に着いていたことだった。

 

車内はそれほど混み合っておらず、立ち乗り客が銘々吊革にぶらさがっていた。座席はすべてうまっていた。しかし、その巨漢の隣席を除いてすべて、である。

 

なぜだれも彼の横に座らないのか! と感嘆符をつけた疑問は、その一瞥により解決された。彼の横の席は、いわば一人分の席が空いていなかったのである。

 

有り余る巨体が隣の席を侵害していた。常住、JRの座席は「ここがひとりぶん」というように席が設けられている。それはちょっとした尻敷の凹凸、「こんもり」感で演出されている。それをひとりぶんの席として認識するのであれば、巨漢の横の席は、わずか0.6人分ほどしか隙間がなかったのである。いうなれば彼は1、4人分の席を埋めていたのである。

 

こんな隙間に座れるのはエスパー伊東くらいだろう、と思った。それはつまり超人ではなければならない。人ならざる変容を遂げなければ、この隙間に座することは出来ないのである! 俺は人間を辞めなければならないのかッ! と思いませんか。

 

問題は二点ある。まずは彼が隣の席を侵略しているということである。しかしそれには、いかようにしてJRがこの座席のひとりぶんを規定したのか、という疑問も付きまとう。このひとりぶんがもっとアメリカンなサイズであれば、きっとこのような卑小な思いも抱かずに済んだのだろう。

 

そして、私が問題としたい2つめのそれは、もうタイトルに書いてしまったことである。畢竟それは、巨漢が私と、というか他の乗客と、同じ運賃だ、ということである。

 

もし仮に。他の乗客が彼と同じ体躯をしていたら、彼と同じように1,4人分の座席を埋めてしまうとしたら。かくなる7人掛けに企図している座席は、5人しか座ることができない。これは立ち乗りも同様であり、体重により比例して体積は増加するので70人入るべき車両に50人しか入ることができなくなってしまう。

 

これにより引き起こされるのは、乗車率の低下である。本来ならば乗れたはずの電車に乗り切れなかった民草で駅構内は飽和する。電車内も阿鼻叫喚などという言葉でさえも凌駕する、呼気や毛穴からたちこめる蒸気と人間の臭気によって、想像を絶するほどの塗炭の苦しみをもたらす地獄と化す。そしてJRの株価は大暴落し、日本の国力にも大打撃をあたえ、国が、世界が、乱れる。

 

だから私は運賃は体重によって勘定したら良いと思う。それはもちろん体重が多いほうがおおくの運賃を支払うということである。宅配便だっておおきさや重さで料金を決定している。こう書くと身体の巨い人たちから「差別だ!」といわれるかもしれませんが、逆に考えてみてください。その巨体を無愧として電車に乗れるのです。堂々と「おれは身体に見合うぶんだけの御銭をはらっているんだ」と座席を1、4人分使用できるのです。なんら問題ないでしょう。

 

私のこの不満は、こういった「同じ料金なのにおかしい!」という貧乏まるだしの愚劣な魂から発狂します。それを解決するには料金などを見直す革命が必要だと思うのです。

 

電車の改札は、空港の身体検査のようなゲートをくぐり、体重と身体の大きさで料金を割り出します。もちろんそこには手荷物なども含まれますので、おおきなスーツケースなどをもっている人もたくさんのお金を必要としますが、それは仕方が無いでしょう。平等とはそういうものではないか! と思っている。

 

どうですかJRさん。おなじ憤懣やるかたなくしている潜在的な暴徒が叫びだす前に、先んじた一手を打ってみませんか。

JR旅客制度のQ&A

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