まだロックが好き

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おめおめと生きている日記

警察に捕まったじいちゃん

 

 静岡には雪が降らない。しかし稀に一片の粉雪が舞う。それを風花という。山頂の積雪が北風にのって、人里まで流れてくるものである。なので雪といえば雪なのだが、はらはらと踊るばかりで、ふれれば消えてしまう。積もることなど毫もない。

 

 静岡で雪を見るのならば、登山でもするしかない。冒頭で静岡に雪は降らないと書いたが、たぶん北の方角に行けば降る。でもそこは長野という県になる。虫を食する夷狄の国。長野県民のみなさんすみません。だから静岡ではなくなる。だから静岡で雪というのはツチノコとか妖精とか、そういうファンタジーの世界のものでしかない。

 

 そんな雪だから。孫に見せたいと思った祖父がいる。私のじいちゃんである。野暮用により雪のある地方にいったじいちゃんは、雪を発泡スチロールいっぱいに詰め込んで静岡まで運搬してきた。高速道路をびゅんびゅんに飛ばして。法に触れるそのスピードで。車内は暖房もつけず、ただ一心に「孫に雪をみせてやりたい」と思ったようだ。

 

 音速をも凌駕するスピードは、もちろんオービスに摘発された。高速機動隊の目に留まった。空前絶後のカーチェイスの嚆矢は放物線を描いた。エンジンは轟音の唸りをあげ、タイヤは地面を蹴りつづけた。周りにいた車はまるで静止しているかのようだった。世界ではじいちゃんの車と、パトカーのみが動いていた。次々と召集されるパトカー。バタバタと騒音を撒き散らすヘリコプターまで出動した。まるでグランドセフトオート、星みっつの犯罪度だ。機動隊はなんだかトゲトゲのついたチェーンを道路に水平に流し、バリケードを作った。やばいぞ! じいちゃん! もう逃げ場はない! ここまでか! と思ったが、脇道に「新しい道路を作っています」の文字とそれを装飾する黄色と黒の縞々文様。じいちゃんはハンドルを面舵いっぱいに切った。その先に待っていたのは途切れた高速道路道路。そしてじいちゃんは鳥になった。サスペンションは大きく反動して地面に着地した。そしてそのままじいちゃんはアクセルをべた踏みにし、地の果てまで遁走した。と、いうのは嘘です。アメリカ人かよ、と思いますね。でもじいちゃんが警察につかまったのはほんとう。なぜか。

 

 私が小学校から帰宅すると、家の前にパトカーが停まっていた。私はそれを気にも留めず玄関のドアを開けた。すると、母と祖母が眉を顰めて談話していた。そして会話から察したのはパトカーにじいちゃんが乗っている、ということだった。我が家のすぐそばの道路で一方通行を無視した、とのことだった。

 

 じいちゃんは警察から詰問されたらしい。「どうして一方通行を無視したのか」その答えはもちろん単純で「雪が溶けてしまうと思った。孫に雪を見せてやりたかった」というものだった。静岡の温暖な気候はひとりの男に重い十字架を背負わせていた。母と祖母は呆れた顔をしていたが、私は、私のせいでじいちゃんが投獄されてしまうのではないか、と不安になったのを覚えている。

 

 しかし、ふとこのエピソードを思い返してみると、すてきなじいちゃんだな、と思う。思えば、私には父親がいなかったので、じいちゃんは乃公出でずんば蒼生を如何せん、と私の父親代わりをしてくれていた気がする。

 

 じいちゃんは蝉取り名人だった。タモは自作していた。タモ網の径が大きいと蝉は気がつきやすいので、ちいさな径のタモを作って、それをして蝉をたくさん捕獲した。じいちゃんは生物名人だった。じいちゃんは鳥をたくさん飼っていた。トリモチを自作して野生の目白をとっていた。金魚もたくさんかっていた。夏祭りでひよこを買うと、鶏になってしまうので毎年、人を頼って譲渡していた。海釣りの名人でもあった。俺がどんな荒波でも船酔いしないのは、じいちゃんによく海釣りに連れて行ってもらったからだと思う。釣った魚はじいちゃん自分で捌いていた。包丁を研ぐのが粋だった。車関係の仕事をしていたので、自動車のメカにもあかるかった。じいちゃんの掌がオイルで黒々しているのが、とてもかっこよかった。

 

 こんなことを言うのは顰蹙を買うかもしれない。が、男親にしかできないこともある。それは子どもが男の子だったらなおさらだと思う。もちろん子は母の愛情により育てられる。だけど、男の生き方は男が教えるものだ。そう思う。じいちゃんの熱い思いは、それは法を犯すものだったけれど、決してそれを首肯するわけではないけれど、俺がいま、男らしく生きていく道しるべになったと思う。

 

 じいちゃんが警察に捕まった日。我が家のせまい玄関には雪があった。雪の降らない町に雪が積もっていた。ちいさな発泡スチロールの中にこんもりと存在していた。あの時の雪は冷たくて、いろんな意味でドキドキしたものだけれど、この雪とじいちゃんのがくれたものは、とても熱いおもいだな、と思う。だから私は「君をのせて」は「じいちゃんがくれた熱い思い」と歌っています。

 

今週のお題「私のおじいちゃん、おばあちゃん」

日清製粉 雪 《中力粉》 25kg

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