まだロックが好き

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おめおめと生きている日記

【相談】混雑時、公共トイレの水は、ズボンをあげる前に流すべきか、ズボンをあげた後に流すべきか

 

 今、とても悩んでいることがあります。それがタイトルのものです。どうすればよいのか。己が独りでは解決できなさそうなので、常住、こういったことはしないのですが、読者みなさまのご意見ご感想を求めようと記載しております。

 

 今朝方。めちゃめちゃおなかが痛くなりました。昨晩のペリエの飲みすぎだと思います。そうして駅のトイレの扉を押しました。すごいでました。用を足して、確認して、水を流そうとしました。しかし。ふと、その手がとまったのは以下の理由であります。

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先に流すと、おもわせぶりな態度をしめしてしまうのではないか

 駅のトイレは混雑します。みな大なり小なりの悩みをかかえて列を作っています。そんななか、ズボンをあげるまえに流してしまうと、「もうすぐでてくる!」という安寧をたらしめてしまうのではないか、と不安になります。その安心から、腸内環境の自主整備をおこない、菊座における筋肉を弛緩させ、すぐ出せるモードにしてしまうのではないでしょうか。

 

 しかし、個室内の私にはまだ任務がある。ズボンをあげ、シャツを整え、ベルトを巻き、チャックを閉め、そしてカバンの準備をする。今はまだ秋だからよいのですが、これが冬になるとコートを着る、という狭い個室内では非常に難儀する作業があり、時間がかかります。

 

 時間がかかると、流水音を聞いた列の人びとは「なにもたもたしてんだよ」という憂さを蓄積することになります。発散させるべきものが増えてしまいますね。だからつまり、ズボンをあげる前に水を流すのは、待機している人びとにとって「おもわせぶり」な態度になってしまうのではないか、ということです。

 

トイレの待ち時間は永遠ともおもえる地獄の時間

 では、身支度をしてから水を流す、というのが最適解なのでしょうか? というとそうでもない、と思います。なぜなら、列にならぶ人びとを斟酌すると、個室から聞こえる流水音は上記のごとき「もうすぐ空く」という希望の鐘音ともなりえるからです。

 

 もうギリギリ。リミットいっぱいのギリギリまで我慢している人が、いつ空くともわからない万世不易の扉を待つよりは、一度、その希望の鐘を鳴らしたほうが、あきらめることなく時代と闘えるのではないだろうか。と思うのです。

 

 おなかが痛いときというのは、すこしの風が身体髪膚をなぶるだけでも兇烈な悪意を感じます。だまれ空調! と思います。そんな体調、胎の底で思うのは、神の存在とトイレの空くタイミングだけです。その数少ない救いである流水音に、社会的な名誉をかけてたたかうべき、すこしの勇気は鼓されるのではないでしょうか。

 

流れる音がして間髪いれずに出てきたらうれしい

 上記とちょうふくしますが、流水音がさざめいたあと、人は、もうちょっとで空く! いまきっとズボンをまくしあげているところだ! と思います。もうちょっとがんばれば封じたこの悪魔を除することができる! あとすこしだ! 

 

 これは希望です。でも、もう限界です。あぁ、どうしよう! おそい! 鎖かたびらでも装備しているのでしょうか! と思う前に、流水音がじゃらりとなった直後、すぐさま人影が飛び出たら、どう思いますか? やった! と思います。意外に早かった! と。人はサプライズに弱いいきものです。支度めっちゃはやい! スゲェ! と思います。が、思うだけでそんなサプライズはいりません。個人的には早くでてきてほしいです。さらに、別なる問題点があるのです。

 

臭気の問題

 すべての身支度を終えてから流水します。すると、臭気がのこるのです。たまにとんでもないにおいを放つときがあります。俺、死ぬるのでは? と思うような瘴気です。もしもズボンをあげる前に流水していれば、その身支度の須臾の間であっても多少の換気はできるはずです。

 

  まるで次の人のことを考えているふりをして、その実、これは私のちいさな矜持なのかもしれません。さっきのやつ、とんでもないものをしていった! と思われるのが気に障るのかもしれません。

 

けっきょくどうするのが最適なのか

 わからないのです。混雑時、公共のトイレはズボンをあげる前に流すべきなのか、それともズボンをあげた後に流すべきなのか。

 

 ちなみにズボンをあげる、と記載していますが、これは比喩であって、じっさいは「身支度をする」と変換していただくとありがたいです。

 

 で、ぼくはどうしたらよいのでしょうか。たすけてください。(男性/三十一歳/既婚/会社員)