まだロックが好き

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夢破れたサラリーマンがおめおめと生きている日記

【豆知識】ウイスキーを壜ごとラッパのみすると海賊のきぶんになれる

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 月の明るい夜だった。労働にて不服たることがあったので、そうそうに切り上げ帰宅した私は、憂さを晴らそうと酒をのんだ。ビールを缶一本と、ワイルドターキーのスタンダードである。

 

 ビールは糖質オフのものを厳選した結果、麒麟のグリーンラベルがもっともうまい。拙宅ではそう判じている。それを飲んだ。つめたくはじける感覚が食道を伝い、胃に落ちると臓腑たちが嬉々として蠕動した。

 

 ワイルドターキーはバーボンなのだが、すっきりとしていてうまい。ジャックダニエルやハーパーよりもあっさりとした風味だと思う。それを飲もうと思ったのだが、壜のなかにはあと数センチのそれしか残っていなかった。

 

 私はほとんどのばあい、ストレートで飲む。だからこんかいはグラスを使用しなくても好いな、と思ったのでそのままコルク栓を開け、ラッパのみをした。海賊のきぶんになった。

 

 海賊といえばラム酒だが、私はラムがほどよく合わない。酒の合う合わないはない! と豪語するかたがおられるが、飲みなれぬ洋酒はやはり肌に合わない。宿酔いの残滓が峻烈である。だからあまり飲まない。おれは海賊にはなれないのか! と半ば夢を諦念しかけていたときだった。

 

 そうしてウイスキーを飲んだのだが、ちゃんとウイスキーでも海賊の気分になれた。喉がやけるように熱くなった。胸がすっと軽くなった。なによりワイルドターキーはスクリューキャップではなく、コルク栓のボトルキャップになっているので、その開封音、耳に心地好い「しゅぽん」というハイミドルの音域が海賊のふうみをより醸成させる。

 

 私は大航海時代をおもったのだが、手元の資料には集英社発刊、尾田栄一郎著「ワンピース」しかなかった。とりあえず歌をうたって踊りをおどって麦わら帽子をかむってみたが、これじゃあただの陽気なおじさんだと気がついた。できれば私掠船として活躍する国士草莽とした海賊でありたいものだ、と願った。

 

 しかし、こうして仄暗い部屋で壜を抱えて酒を飲んでいると、義をもった海賊、というよりは零落したアメリカ人のようなきぶんになった。

 

 毎日酒ばかりを飲んで日を暗くしていく。もとは腕の利くFBI捜査官なのだが、巨悪の復讐にあい、愛する恋人を殺されてしまった。このあいだの大安吉日にディズニーランドのシンデレラ城のまえで結婚するやくそくをしたばかりだった。それからというものの、すべてに意味が見出せず暮らしが傾いていった。酒瓶と毎日だけがからっぽになっていった。

 

 ある日のこと。朋輩であったチャーリーが尋ねてきた。俺はでなかったがチャーリーはしつこく「いるんだろ! わかってるんだ! でてこい!」と戸を叩く黒い腕を烈しくした。頭痛に響くのでしかたなく裸にエプロンのまま玄関にでた。

 

 リタを殺したやつらが見つかった。チャーリーは白い目をぎょろりとさせながら厚い唇からそう吐き出した。もちろんリタとは俺の物故した恋人で、身長二メーター十八センチのもとロシアのバレーボール選手だ。剣の腕もたしかで天然理心流の免許皆伝も持ち合わせた女傑である。幕末には新撰組として活躍した。

 

 チャーリーは、いますぐ行くぞ! と息を荒くしていたが、俺はそんな女丈夫であるリタを殺した犯人にかなうわけがない、と思っている。それに法律だってあるし。天譴はたれかが下してくれる。俺はさみしく「帰ってくれ」とだけ言い扉をしめた。

 

 その夜は眠れなかった。だからたくさん酒をのんだ。それにしてもこのエプロンはちいさすぎる。俺のさきっちょがどうしても見えてしまう。でもやはり、このちょっと見える、という状態がもっともユーモラスなのだなぁと思っていると、急にリタと笑いあった日々が脳裏によみがえった。

 

 くだらない毎日を笑いあえる。そんなことはリタとしかできない。リタがいたから俺は生きてこられたんだ。じゃあリタが死んだいま、なーんで生きてんの? って具合だから、死のう、と思った。でもその前にやるべきことをやろう、と思った。

 

 だから俺は植木に水をやり、風呂掃除をして、ふとんを干した。ガスの元栓をしめ、戸締りを確認し、そして仇討ちの刃を研いだ。藁人形にチャーリーが残していった犯人たちの顔写真を貼り付け、五寸釘でうった。それをもって四国八十八箇所を百度参りした。しかし、やはりちょっと効き目が心配だったので昔、連続殺人犯から押収した、名前を書くと死ぬノート、という黒い表紙のノートに犯人の住所、氏名、年齢をかいた。このノートの効き目はリタの名前を書いたことで証左されている。だからいまごろ犯人たちは死んでいるはずだ。思って俺はたくさんねむることが出来た。仏壇のリタの写真が笑っている気がした。もう少し生きてみよう、と思った。なにを書きたかったんだっけな。