まだロックが好き

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夢破れたサラリーマンがおめおめと生きている日記

自制心とは

 

 やはり人間、自制心というものがだいじだとおもう。昨晩。おれはその自制心を爆発させた。ちょっと眠たかったこともあり、ウォーキングデッドをたった一話観ただけで、翌日に繰り越そう! と不退転の決意をなしたのである。りっぱだ。


 しかし問題は、この眠気とウォーキングデッドの観賞、どちらをがまんするのがほんとうの自制心なのだろう、ということである。


 もちろんウォーキングデッドを観ないことは自制心だろう。だってめっちゃきになるじゃん。好奇心を煽動させられるじゃん。しかし眠りをがまんすることも、これ実は自制心ではないのか? ということである。


 この世でもっとも過酷な拷問は不眠だそうだ。眠らせないと脳の機能が狂い、やばくなるらしい。新興宗教の洗脳も、信者をねむらせないことによって洗脳しやすくするらしい。そういったわけで眠らないのはやばい。脳がばかになる。


 と記載したところで、じゃあきみはふだん睡眠はとっているが、ばかじゃないのか? と尋ねられれば、いやぁ、そういうことを言われるとよわっちゃうなァ、ってかんじで俺はばかだ。あはは。耳からうどんが出てる~、ってそれアップルの無線イヤホンやで。


 だから睡眠をがまんするのが最強に自制心を奮い立たせる、ということになる。つまり、ウォーキングデッドをがまんし、睡眠をがまんすることが、もっとも涅槃にちかづけるこういなのだ! ということで結跏趺坐し、おれは瞑想をした。


 瞑想ってのは無になることらしい。よくわからないけどたぶんそう。でもせっかくの自分の時間だ。なにか考えよう。とおもい、ウォーキングデッドをおもった。だめだ。きになる。もっと違うことをかんがえよう。とおもい、裸の女をおもった。だめだ。裸の女もみなゾンビになってしまう。もっとべつのこと…そうだ、ウォーキングデッドに代わる新しい海外ドラマを考えよう! と脳裡に閃光が奔った。


 そこでおもいついたのが、ウォーキングペットである。ウォーキングペットは主人公がある朝目覚めると、世界中がペットだらけになってしまっていたというサイコスリラー。動物愛好家にとってはこんなにハッピーなことはないが、じつはこのペットたち、まだ狂犬病のワクチンを摂取していないのである。


 それが馬脚をあらわしたのは、主人公の眼前で友人のトモハルがペットにかまれたときだった。ときすでにおそし。トモハルは狂犬病におかされ、狂犬になってしまった。そう、この世界中のペットたちは元人間だったのだ。


 この原因不明の世界ペット化現象の仕掛け人は、ぶっちゃけてしまえば、じつはアメリカ政府である。アメリカ政府は、服従しない民草を合理的に従わせるために、ペットを媒介して人間をペットにする研究を開発していたのである。


 これはすぐさま狂犬病のワクチンを摂取すれば治療はかのうだ。しかし、かつてオジーオズボーンというロック歌手が、ステージに投げられたコウモリの玩具を噛み千切ったことがあるが、じつはこれ本物のコウモリであり、オジーはコンサートを中断し、すぐさま病院で狂犬病のワクチンを注射したらしい。そのときの注射をオジーは「あれは肛門にゴルフボールを突っ込まれているみたいだ」と言っている。だから狂犬病の注射はやばい。


   じつはこのペット化した人間をもとにもどす儀式がある。それはペット化した元人間たちに首輪をまわし、リードをつけ、ご近所を散歩する、という挙措である。


  これをすると、たちどころにペット化した元人間は、その体毛がぬけおち、四肢がミシミシと軋み、うめき声とともに変態、人間のすがたにもどる。こういうとき御都合主義で、服を着たままの姿でもどるのがなんとも言えないですね。


   そんな脚本監督はもちろん俺。これが低予算ながら世界中でヒットし、俺の懐には一生では使い切れないほどの大金が転がり込んでくる。


   やったー。これで臆面なく夜遅くまでウォーキングデッドが見られるし、なにより夜更かししても朝ゆっくり寝ていられる。わーい。やはり自制心ってだいじだね。 

自制心を養う方法: 誘惑と闘い、長期目標を達成するには (メドウズ出版)

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