まだロックが好き

まだロックが好き

おめおめと生きている日記

所感を振るうときは少数意見がいることをおぼえておいてほしい

 

 おれはくさい食いものが大好きだ。例をだそう。ブルーチーズ、パクチー、ラム肉などだ。これらはくさければくさいほどうまい。グルメレポーターが「あんまりラムくさくなくて、おいし~」とか言っているのを見ると、「てめぇ、なにくってんだ」と王様のブランチにクレームをいれたくなる。

 

 先日。カレー屋にいった。カレー発祥現地の人びとが輻輳してくるような、正真正銘、超本格派のカレー屋だった。朋輩はバターチキンカレー、エビカレー、三種のカレーなどを発注していた。そこでおれはマトンカレーというものを発注した。羊肉のカレーです。

 

 すると、「マトンってくさくね?」と言う仁がでてきた。「くさいからうまいんだろう」と言うと、「あれ、もしかしてブルーチーズとか好き?」とか聞きやがる。もちろん好きだ、と答えると、「あれは腐っている食いものだよ」と言いくさる。おれは先ほど路傍でピックアップした、こぶし大の石でそいつの頭蓋骨を全力で殴打し、殺害した。

 

 ひとが好きなものを、傲然と批判するにんげんというものがいる。ちょっと白痴だとおもう。だが、おれはけっして「自分の意見を言ってはいけない」と言いたいわけではない。さらにいえば、「ひとの気持ちを斟酌しなさい」とかも言うつもりはない。どんどん自分の意見を正義の刃だとおもい、ぞんぶんに振るうがよい。

 

 しかし、振るった刃は誰かを傷つける。その刃が帯びている属性を弱点とするにんげんがいる。かれらには途轍もない深手をおわせてしまう。こんかいの刃には「くさい食いもの好き」にたいする効果的な属性が、光彩陸離をはなっていた。

 

 しかもだ。その好きなものが少数派であるばあい、雷同するにんげんがかならず出現する。「あー、あれはたしかに食えないワー」とか言いだすしまつ。「購買するにんげんをはじめてみた」とか「人類が食うものじゃない」とか「作ったやつはクズ」とか、とんでもないところにまで空想を敷衍し、ことばに悪意と嘲弄を含ませてくる。

 

 そういう付和雷同組が、嵐となり、少数派を殺す澎湃たる意見になる。その嵐はとどまることを知らず、次第に勢力を増し、周囲を巻き込み、巻き込むだけならまだしも、巻き込んだものたちのエネルギーも吸収し、超巨大な現象となってしまう。なんというか、戦争中の大日本帝国みたいですね。

 

 どうにか逆ねじを食らわせようにも、巨大なアトモスフィアとなったその現象のまえでは、毫も効き目がない。それだけならまだしも、少数派であることを恥だとおもい、じぶんのほんとうの気持ちをかくし、嘘をつくにんげんまででてくる。「あー、おれもそうおもうわー」とか言い出す。自分は異端で、ここにいてはいけないにんげんなんだ、と思ってしまう。

 

 どんな意見にも、そこに少数派がいる。じぶんの意見はどんどん言うべきだ。しかし、そこに攻撃性を帯びさせてしまうのは、よくない。その必要性はないとおもうナー。マトンカレーに感動するにんげんだっているんだよ。

 

 まぁ、巷間ではいろんな風が吹いている。そのなかで、たぶんおれはきっといつまでも判官贔屓をするのかもしれない。さいきん、カレー屋でそんなことをおもった。そのマトンカレーはあまりマトンくさくなく、あまりうまくなかった。

ティフィン・デ・ココの手作りマトンカレー 普通 Mutton Curry ☆玉ねぎたっぷり☆

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