まだロックが好き

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おめおめと生きている日記

信玄餅の進歩の無さについて

 

 たぶんみんな怒っているとおもう。おれだけじゃないはず。信玄餅はなんで頑迷固陋にあのフォーマットをとりつづけるのか。

 

 明確に言おう。食いにくい。というか、いまだにどう食うのが正解なのかわからない。

 

 先日。信玄餅を土産としていただいた。いただいたものに文句を垂れるなんてとっても愚昧な男ですね。でもおれは信玄餅のパッケージを紐解いていくたびに、愁然としたきもちになってしまう。

 

 ビニールの包装紙を解くと、ふたつの容器。ともに樹脂性で、ひとつは醤油容れのような容器。もうひとつはきな粉と餅のはいった堅牢性にかける容器がそこにある。

 

 おれは息を止める。殺す、といっても過言ではない。そうして餅のパッケをあける。息をすればたちまちにしてきな粉が舞うからだ。きな粉の粒子は非常にこまかく、ひとたび息をしてしまえば周囲のすべてを粉塗れにする。きな粉の砂塵。サハラきな粉。周囲に火をあつかうひとがいたら要注意だ。粉塵爆発が発生する。たぶんテロ。

 

 そうして息を殺したまま、きな粉餅を見つめる。これはまだ信玄餅ではない。ただのノーマルきな粉餅だ。そこには長方形の窪みができている。おれは「餅よりも酸素がほしい」とおもいながら醤油容れのようなタレのキャップをまわし、窪んだ長方形にそのタレをおとす。これできな粉餅が信玄餅になった。とおもう。

 

 しかし、ここからが艱難辛苦だ。ふぞくのバンブースティックで信玄餅を食おうとすると絶対にそのきな粉はあふれてしまう。信玄餅のサービスなのだろうが、きな粉が飽和しているのだ。もっとキャッチーに言えば「ちょwww きな粉www いれすぎwww」である。

 

 そうこうして、おれが苦心して作成したおれオリジナルの信玄餅はおれを裏切る。息を止め、粛々とつくった信玄餅は、スティックを入れたことによりパッケ内部の体積が増し、結果、きな粉はあふれる。おれはなんて意味のない苦しみを味わってきたんだ。

 

 なかには「きな粉の表層部分をタレで濡らし、きな粉が舞わないようにする」という必然的な対処法をとる戦士もいた。結果は駄目だった。

 

 しこうして、おれは悲しみと敗北感と粉に塗れつつツイッターをのぞいていると、「信玄餅の正しい食い方」なるものが紹介されていた。「ゆるキャン」というアニメでやっていたらしい。あまり知らん人なのでネットでしらべたヤツを貼っておく。公式のものだ。

 

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出典:桔梗信玄餅 -山梨の代表銘菓- 桔梗屋をもっと楽しむ [桔梗信玄餅のお召し上がり方]

 

 はやくいってくれよー! とおもうと同時に、「ちがう! そういうことじゃない! 公式に求めることは信玄餅の正しい食べ方レクチャーじゃない」とおもった。

 

 つまりですよ。おれたちはいつまで「信玄餅を作らなくてはいけないのか」という問題ですよ。どうしておれたちが「信玄餅制作キット」に四苦八苦しなくてはいけないのか、ということですよ。

 

 文明は進歩する。歩みつづける。そうしておれたちは、川に洗濯をしに行かなくてすむようになり、米はスイッチを押すだけで炊くことができ、風呂もスイッチひとつで湯をはることができる。

 

 それなのに。信玄餅はいつまでたってもおれたちにマニュアル操作を求めてくる。きな粉を溢れさせるひとびとを見て、えたりかしこしとほくそ笑んでいるにちがいない。なんて倨傲な! おまえらは企業としてユーザビリティというものを知らないのか。

 

 信玄餅のうまさはわかる。うまい。あのみずみずしい餅がいいよね。だからさ、こう、餅の内部にあのきな粉とタレのはいったようなヤツを開発してもいいんじゃないかな、なんて思うわけです。

 

 もちろん、信玄餅制作キットを楽しむひとびともいるので別の工場ラインでお願いしたいですね。そしたらボロもうけですね。静岡人のおれが言うと、まさに敵に塩を送る、みたいなかんじになりますけどね。