まだロックが好き

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おめおめと生きている日記

記事のタイトルとサンドイッチの中身

 

 おれはしばしば、はてなブックマーク、というサイトを利用する。そこで気になった記事をクリックし、内容を読んでは血肉にしている。

 

 この「気になる」というのはだいじだな、とおもう。気にならなければ、どんなおもしろい記事でもひらかれないからだ。これはブログでも同様だろう。

 

 そのためか、人の目をひくタイトル講座、みたいな情報が横溢している。なるほど。すこしのコツ、ポイント、要衝を含めばだれでもかんたんにそういうタイトルが作れる、ということなのだろう。

 

 おれはそういう、にわか仕込の文章術、みたいなのはよくわからないけれど、やはりコンテンツの中身をタイトルで開陳することが、ユーザビリティーのそれに繋がるのだな、とおもう。

 

 しかし。そんなユーザビリティーを嘲弄するかのようにコンテンツの中身を韜晦させているものが江湖に蔓延っている。そのひとつがサンドイッチだ。

 

 むろん、パッケージはクリア包装になっている。コンビニに陳列されているときには「ぼくはタマゴサンドだよ」、「あたしはシャキシャレタスサンドなんて僭称してる」、「おれは孤高のハムサンド、孤高って自分で言っちゃう」みたいな感じで自己表現してくれている。

 

 問題はパッケージを開封してからだ。おもにサンドイッチの開封場所はパッケージの背面にある。背面の矢印マークを下に引き、クリアーフィルムの包装にサンドイッチの取り出し口を作成する。ここからが問題なんだ。

 

 つまり、先ほど「ぼくはタマゴサンドだよ」と自分を表現していた表層面はテーブルに臥している。畢竟、おれがようやくその白い肌に触れられる時にはもう、だれがだれだかわからなくなっているのだ。

 

 この瞬間、おれのなかで、綿密に勘案し練られた算術的サンドイッチ計画から、ひどく天命的な、いうなれば天文学的可能性からサンドイッチを選び出す乾坤一擲のギャンブルになる。

 

 あかんことやで。これはほんま。って方言は文章に生命のぬくもりを与える。むろん、「じゃあひっくり返してサンドイッチの中身を確認すればええやないか」という正しいご意見、聖なるご感想がこの世界に存在していることも知っている。

 

 だが、一度賭博の世界に浸かったこの身を、またカタギの浄域にもどすなんて、ふっ… そんなこと、かっこ悪くてできないよ。それが男。それが男の本懐。それがあたしの生きる道。

 

 頃日。ローソンに「たまご好きのためのサンドイッチ」みたいなものが販売されていた。これがうまい。秀峰富士が爆発して火砕流とか土石流が雪崩れ込むかのごとくうまい。

 

 そのサンドイッチはすべてたまごサンドであるが、たまごサンドにも種類があって、スクランブルしたものや、ボイルドしたもの、サラダにしたもの、なんて具合に十把ひとからげにできない。だから、おれのなかで「この順番で食べよう」という権謀術数を謀るのだが、いざ食おうという瞬間には、彼らのおなじような背中がならんでいて「どれがどれやねん」みたいなかんじになる。おぼえとけよ。

 

 これらは三角のサンドイッチについてだ。三角サンドイッチはユーザビリティーというものを考えるべし。喫緊の課題である。あまり消費者をなめるよ。

ヘイコー Nサンドイッチポリ PP 85  200枚入

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