まだロックが好き

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おめおめと生きている日記

妻との口論

 

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 妻は幼少期、よほど親族から寵愛をうけて育ったがため、頑迷固陋なところ、というとちょっとマイナスイメージですね。なんというか志操堅固、敢為邁往というんですか? そういうところがあって、まったくこまったものである。なんせちっとも意志を曲げやがらぬのである。

 

 つまりおれたちは口論になった。「箸でカレーライスを食う」のと「スプーンでラーメンを食う」のでは、どちらが食いにくいのか、という談論風発である。

 

 ふいに浮かんだこの問いに、ずいぶん懊悩した。カレーとは元来スプーンで食うものだ。インド地方では、伝統的に手づかみという食事法をとるばあいもあるが、基本的に西洋匙をしようする。にんげんだもの。

 

 おれは箸のことを東洋文化における最大の発明だと思っている。つまむ。のせる。さす。二本のスティックという力学を最大限に利用している。

 

 だが箸でカレーライスを食うばあい、カレールーが涵養したライスに箸は蟷螂の斧。非常に無力なのである。つまり「すくえない」。いろんな意味で。

 

 ラーメンに話題をうつす。これを箸でなくスプーンで食う、というのも人生における最大のピンチだろう。とくだん記載すべきことでもないが、そのくぼんだ楕円のなかに、ニュルニュルと潰走する麺類はおさまらないのである。

 

 そんなことに乱心していると、妻が「そんなのカレーを箸で食うほうがぜったい楽じゃん」なんて傲然と言いやがる。おまえ世の中に絶対なんてないんだぞ、ぜったい。

 

 妻の戦略はこうである。つまり、お茶漬け攻略法、ということですね。カレーライスが食器というものに載っているかぎり、その皿をもちあげ、口まで運搬し、そこからサラサラと流すように箸を櫂のようにすればよい、ということであった。

 

 いやいやwww ちょっとwww おかしいでしょ? カレーライスは西洋食器、お茶漬けは茶碗に入っているものである。碗ものであれば、その文化因習において、かくなる所業も可能であるが、しかし、西洋文化の食器を持ち上げることは、いわゆるマナー違反ということになり、さいあくのばあい極刑にさらされることになる。それはさすがにまずいでしょ?

 

 しかもだ。そのアイコノクラズムが許可されたとしよう。だが、その食器にはルーがべったりとくっついている。それはどうするつもりなんですか? 犬のように舐める上げるつもりですか? 

 

 おれたちには子どもがいる。ゆえに社会の木鐸たる私たちが、そのような風采をさらしてよいとおもっているのか。それでもホントに親なのかね? キミは? 

 

 しかも、「ぜったい楽じゃん」なんて言われたらおれも男だ。判官びいき。スプーンでラーメンを食うほうがぜったい楽だね! みたいな精神になってしまう。

 

 じゃあどうすんの? ってもんであるが、ふふふ。快刀乱麻。つまり、麺が長いからスプーンですくえないのであって、だからスプーンの先端、両端部分で麺を切断し、切断した麺をすくい上げればいいんじゃないか? ということである。

 

 どうだまいったか! そんな気持ちでいたならば、妻から「それってスプーンなのに端(はし)つかってるね?」なんて素晴らしい落ちがでてきて、おれはほんとにあなたと結婚してよかった。