まだロックが好き

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おめおめと生きている日記

グリーン車の多様性を認めろ

 

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 おれのような凡百の徒には、無から有を作り出すことなど不可能なので、じゃあどうすっか、ってなると、やはりふたつのものを掛け合わせる、組み掛け、というのがもっともオルタナティブ、そんなものを生み出せる手段なのではないか、とおもいたち、その組み合わせというのも、相反する二つのもの、二律背反的なものを組み合わせたほうが、核弾頭級のエネルギーを有するのでは? と考えが至り、あ、そうか、つまり休日なのに出勤する、休日出勤なんてしたら、これはとてもオルタナなんじゃねぇの? とおもったので、昨日、休日出勤を敢行した。

 

 出勤ではあるけれど、あくまでも休日。ゆえに移動も休日しないといけない。そうでないと休日出勤にならない。どうしよう。ってグリーン車。つまり成金しか乗ってはいけないラグジュアリーな車両で通勤しようと、ホリデー料金の五百七十円を余剰に支払い、その七宝が散りばめられた車両に乗り込んだ。

 

 とてもいい感じだった。といっても、江湖は連休らしく、いつもは空いているグリーン車はパンパンだった。かろうじて席に座ることができたが、まったくやんなる。きみたちはこれから温泉にでも浸って滋養するのだろうけれど、おれはこれから働く。世界にとって今現段階、もっとも尊いのは労働しているにんげんなので、おれのほうが尊いポイントは高いはず。ああそれなのに君たちは座っている。むかつく。

 

 まぁいいや、とおもい。シートを傾斜せしめ読本。いいね。ってのも束の間。稠密した人口、それは、すなわち、うるせぇのである。

 

 休日に休みながら出勤しようと乗車したグリーン車で、ゆったりと読本しながら通勤というオルタナティブな所業。それさえもできない。なぜなら、うるせぇから。後ろの席、六時の方向からマダムの会合における大きな声。一時の方向からは女性特有のひそひそ話、それにおける、いわゆるハイ抜けしたクシャクシャした音域の波状。さらに、あろうとこか、三時の方向にはスマホにイヤホンを取り付けず、音声バックグラウンドミュージックその他サウンドエフェクトを垂れ流しにする老翁などがいらっしゃって、もう、ほんと、マジ、神の不在。

 

 こうなれば、マナーという理論にもとづいてかれらの行動を抑制しよう、とおもいたったが、ふと、思いとどまった。

 

 すなわち、おれがいま、「うるさいからやめてくれ」と諫言することは、彼らの会合、談話、視聴の自由をうばう行為になり、つまり、それはおれが被害している、読本の自由をうばわれる、という行為に等しいのではないか。おれは、おれの自由のために、彼らの自由をうばうことになるのではないか。それって、おれの自由のために彼らの自由を認めない、ってことじゃん。それはいけないよ、という答えにたどり着いてしまったのである。

 

 なんてことだ。最近よく「多様性を認めろ」という意見を散見するけれども、それといっしょだな、とおもう。「多様性を認めろ」という意見は、とある頑迷固陋で狭隘な意見に対する逆ねじとして食らわしているばあいがおおいが、でもそれって反駁する「その狭隘な意見」を認めていない、ということになり、つまりは、その狭隘な意見という多様性を認めていない、ということになる。

 

 まったくなんて驕慢で高邁な最低の主張だ、とおもうのだけれど、でも、すなわち、これは冒頭に申し上げた「相反する二つのもの」の最高に完成されたオルタナティブな意見じゃねぇのか? ってことであって、もうほんと「多様性を認めろ」って発言、マジ大好き。はは、けっきょく電車はうるさいまま、おれは寝ることも出来ずに、右手がグーで左手がチョキでカタツムリー、して遊んだ。