まだロックが好き

まだロックが好き

おめおめと生きている日記

もう駄目だとおもうことは今まで何度でもあった

 

 もういっそ死のう。いままで何度そう思ったことか。しかし今度は真剣である。どのように惑星がめぐっているのか。この会社でおればかり不幸だ。またコピー機の紙がきれたのである。

 

 つい先前もおれが交換した。おればかりがコピー機の紙を交換している。なぜだ。やはり罠か。だれかが、というか企業単位でおれに陥穽を仕掛けているのか。とんだブラック企業だ。おもわず性格診断テストで「だれかが私を陥れようとしている」という欄にマークしたくなる。でもしない。狂人白痴だとおもわれるからだ。

 

 かといって、このまま放っておくわけにもいくまい。義を見て為さざるは勇なきなり。おれは眦を決し、A4のコピー用紙を探索した。あった。なんてこった。A4のコピー用紙はどのような顛末をたどったのか。A3、A5の用紙がはいった各種ダンボール。それらが堆く積まれた最下部に鎮座していたのである。おれは腰痛というカルマを背負っている。

 

 死のう。国家単位の陰謀だ。この国はおれに生きていてほしくないんだ。税金とかめっちゃ天引きされてるし。ほら、老後の保障とかぜんぜんないでしょ? やばくね? このままおずおずと生きるのは男児の本懐にそむく。ね? だから錆び尽きるよりちょっと燃え尽きよっかな。

 

 九寸五分をたなごころにおさめ、「死ぬまでに/いちどでいいから/ファミチキを/腹いっぱいに/食いたかった。辞世の句。無念」かくなる諦念が横切ったとき、ふと、思念の果て。そこにふたつの顔があるのが見えた。妻と子である。

 

 おれはバンドをやっていた。バンドがやりたかった。でもそれ以上に、普通の生活、というものに憧憬をいだいていた。貧苦にあえぐ母子家庭で育ったからだ。そんな普通の生活を、普通の家庭のしあわせを、まるで手品師の鳩のように、ぽんっと目の前にだしてくれたのが妻である。

 

 妻とはもう十四年の付き合いになる。高校のときからの付き合いである。おれに幸甚をもたらしてくれたひと。おれに、すべてをあきらめさせたひと。それはとてもポジティブなあきらめなんだよ。

 

 それでいい。おれはこのひとの幸せのためならなんだってする。不惜身命。けっきょくおれはなにものにもなれなかった。そんな人生だった。でもそれでいい。子どもがほしかったのは、この人が母になる姿が見たかったからだ。金はない。でもそれでいい。ほしいものはもう手に入れた。もうほんと、じゅうぶん。

 

 それは思想というよりも感情であって、脳を経由するまえの、細胞で反応するほどの恋慕であり、そんなだいじなひとを悲しませることはしてはいけない。おれは死なない。死にとうない。

 

 おれの転機は妻と出会ったことだろう。でもそれはおおきな転機で、いつもちいさな転機がおとずれる。それは週末の休日で、妻と息子とすごす時間である。あぁ、おれは生きていたいなぁ、とおもう。この子がおおきくなる姿をみていたいなぁ。妻が母として生きる姿をみていたいなぁ。ずっとこうしていたいなぁ。死にたいなぁとおもっていた、そんな愁然悄然とした気を散じさせてくれる。ちいさな転機がおとずれる。ってゆうか、ちいさな転機を、妻と子が、いつも喚起してくれる。

 

 青史に名を列することも、巨額の財をなすこともできなかった。ただただ市井のにんげん。小市民。斗筲の人。このささやかな人生を無駄となじるひともあるだろう。でも、なにもないそんな日々でもおれは仕合わせである。

 

 労働のなかで、死にたくなるときがある。けっこうある。なぜか不幸は重なる。そんなときにコピー機の紙はきれる。おれがきれそう。いやになる。それでも僕は君たちのことを、いつだって思い出すだろう。