まだロックが好き

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おめおめと生きている日記

珪藻土のバスマットを買ったのにちっとも人生が良くならない

 

 花*花というタッグが「あー、よかった」という楽曲をリリースしたのが、もう十九年前だというのだから、歳月人を待たず、というやつだなぁ。あのころはたしかに未来があったなぁ、なんて、なつかしい色をした溜息をついたのである。

 

 そんな三十一歳男性が「あー、よかったなぁ」と歌いたくなったので、グーグルに「買って良かったモノ」と諜報活動をこころみた。すると高確率で珪藻土バスマットというアイテムが記載されていたので、勇を鼓し、けっして余裕のある生活ではないが、「あー、よかった」のために購入にふみきったのである。男気である。

 

 数日後。バスマットはクロネコヤマトの宅急便により運搬されてきた。「これでおれは、あーよかった、と歌える」と小躍りしながら洗面所に向かい、それを箱から出さしめ、浴室の前にセッティングしたのである。このあと絶体絶命のピンチがおとずれる。

 

 拙宅の浴室まえには床下収納がある。つまり、ちょっと凹凸がある。そのまま珪藻土バスマットを設置すると、凹凸の起伏によって、その起伏を支点として、バスマットが左右に均衡をふりわけ、ぐらぐらと揺曳してしまうのである。

 

 これはこまったことになった。こんなことなら建設施工会社は「この住宅では珪藻土のバスマットは使用できません」と記載すべきである。なんて無責任な施工会社なんだ。しかし、論語に「辞気を出して斯に鄙倍に遠ざかる」とある。文句ばっか言ってても精神が荒廃するばかりなので、ここは対応策を検討しよう、とおもった。この男、冷静である。

 

 この起伏がなければ珪藻土を設置できる。という計算をはじきだしたおれは、おもいついた。すなわち、珪藻土のしたにマットを敷けばよいのでは? 

 

 なんたる奇策であろうか。布バスマットを敷かぬように珪藻土のバスマットを購入したのに、挙句の果てには布バスマットを敷き、その上段に珪藻土をセッティングせしめたのである。

 

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 結果。布バスマットが緩衝材となり、珪藻土の揺曳はおさまった。しかしなにか腑に落ちない。まぁいい。しょうがねぇ。おれのえらんだ人生だ。つって、その晩のノーパン入浴をたのしみにしていたのである。

 

 時は来た。それだけだ、は橋本真也。ナウイズザタイム。これはチャーリーパーカー。つって、入浴タイムズ。洒落ですね。息子と風呂にはいり、ついに念願の、珪藻土を濡足で踏み抜くときがきたのである。

 

「この一歩はひとりの人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな一歩である」アームストロング宇宙飛行士のきぶんになって、珪藻土に足型を刻んだ。その足を上げてみる。ぺた。じゅわ。すん。須臾の間。濡れたその足跡はみごとに消滅した。しかし、そんなに感動するものでもなかった。

 

 おれは比較的、きっちり身体を拭いてから浴室を出るタイプである。だからふだんバスマットはそんなに濡れない。そういうひとは珪藻土にあまり感動しない。流星に胸撃たれるようなことはない。計算外だった。おれは情報社会という大河に流され、自分をみうしない、またしても買い物に失敗したのである。

 

 こうやって人はだまされ、国が乱れる。孤影悄然のなか、息子が浴室からだしぬけにとびだし、珪藻土のバスマットを踏みしめた。いつもとはちがうランディングゾーンにすこし逡巡の色をみせた。「足を上げてみてごらん」というと、息子は「あ、すぐきえた! なーんですぐきえちゃうのぉ?」とか清廉潔白なご意見をもうしていて、ちょっと救い。あー。よかったなぁ、あなたがいて。