まだロックが好き

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おめおめと生きている日記

ゆげ塾著「構造がわかる世界史」おもしろいよ。

 興味好奇心というのは学問への最大のトリガーとなるなぁ。これをうまく利用すれば息子を博学で教養のある、世界をおもしろく捉えることが可能なじんぶつに出来るのでは!?

 

 とおもったけれど、なかなかどうして「勉強」と称されるものに対しては、強制的な圧力を感ずるがゆえに、骨の髄までパンクロック、天に頂く宿星の名は「反抗」みたいな拙息にはきっと無理だよな、とおもってしまうあきらめの親であるよ、おれは。天に頂く宿星の名は「諦念」。

 

 でも、生きている。それだけでいいのかも。すばらしいことなのかも。幸福とはそういうことなのかも。生きる。感じる。思う。考える。その「考える」についての発端はやはり「なぜ?」という疑問から生じるのだとおもうのだけれど、日常にひそむ「なぜ?」から歴史への興味をふるい立たせる。それがゆげ塾著「構造がわかる世界史」である。

 

 常々、なんで黒人の身体能力は高いのかとおもっていた。ふつうに遺伝子のもんだいかとおもっていた。もしくはアフリカで猛獣と闘って弱いものは淘汰されたとか。たぶんそういうダーウィンみたいなのもあるのだけれど、ほんとは罪深い人間の業がそこにはあったのである。

 

「へぇ」とおもわず呻いてしまう本だった。ってゆうか漫画だった。漫画といっても感覚的にコマを追うようなかんじではなく、文字を追うタイプなので本だとおもって読んだほうがいいかもしれないけど。

 

 ただ三十二歳の男性にとってあの絵柄はちょっときつかった。どうやらそもそもゆげ塾というのは世界史専門の受験塾らしい。ゆえに今様の絵柄なのだろう。いやしかし、三十二歳であってもああゆう絵柄の好事家もいらっしゃるだろうし、しかし通勤のキンドルで読んでいる本の絵柄があれだと、なんかちょっとへんなひとだと思われるかもしれないし、みたいな葛藤ってありませんかぁ?

 

 ただ問題はおれはもともと世界史に興味があるから本書をおもしろく感じただけなのかもしれない。興味があるから世界史は好きだった。ちなみにセンター世界史は九割以上。ちょっと自慢。

 

 だから、そもそもゆげ塾に入校するような高校生は世界史に興味があるからそこをチョイスするわけであるのかもしれないとおもったけれども、受験は戦争。弱い科目をバックアップするための対策としてゆげ塾をチョイスするのかもしれない。

 

 とそんなことをおもうのは、この本がただただ世界史を世界史として紹介するのでなく、現代文明を生きているとなにげなく感じる疑問という糸口から、するすると芋蔓式に歴史の因果へといざなっていくという、いわば沼的手段に超わかりやすさを感じるからであって、こういう塾があればすべての受験生が世界史を得意科目としてしまい、おれみたいな世界史が得意で、そこにアドバンテージのあったやつはかなしいおもいをするとおもう。「好き」が「わかりやすさ」に負けてしまうのである。

 

 でもまぁ大人となった今そんなことはどうでもよく、大人が読んでもおもしろい本だとおもう。キンドルだとマテリアルな紙版より安かった。おもしろかったので中国とアラブのやつも買ってみた。いいかんじだとおもう。

 

ゆげ塾の構造がわかる世界史

ゆげ塾の構造がわかる世界史